第一七五話 母港防衛用艦隊


現在、2月13日、14時18分、母港防衛艦隊旗艦『グナイゼナウ』艦橋。


「あーあ、なんで俺が母港防衛なんだよ……」

 

 『グナイゼナウ』の艦橋には、一人の若い声が響いていた。


「中将とは言え、まだ20で任期半年なんですから、おとなしく艦隊指揮をしてください」


 通信機から、『ケーニヒ・スベルク』に乗っている、マイン・トルクの声が聞えてくる。


「へいへい、分かってますよ、トルク殿」


 参謀席に、くつろぎながら座る若い指揮官は、ウェルト・ヘンリー、去年の八月ごろに、死亡した海軍中将の後を継いで、クロイツ海軍艦隊の一つである『Kopfloser Reiter』の指揮官になった男だ。


「CIC、レーダーに異常があったら、すぐに伝えろよ」

「了解艦長、甲板や防空指揮所からの、目視での索敵はしなくて良いんですか?」


 CIC要員の男が、心配そうな声で投げかけてくる。


「問題ない、我が鉄血のホルスレーダーは優秀だ、どんなステルス性能を備えていようと、探知できる」


 ホルスレーダー、それは、独自に鉄血が開発していた、世界で二番目に誕生した、ステルスレーダーの名を受けたものだ。

 日本の五五号より小型で、簡単に装備できるため、いくつかの航空機にも、搭載する実験が進んでいる、観測が可能な距離は、約38キロ。

 2020年頃から、すでにステルス機やステルス艦を発見するレーダーはあったものの、まだ完成品と言えるものでは無かった、だが日本が開発した『五五号ステルスレーダー』は、それまでの課題を一挙に解決し、通常のレーダーと同じように運用しつつステルス性を持つ敵を発見できる。

 そのようなレーダーの名前を、新たな区別でステルスレーダーと呼ぶことになった。


「ホルスレーダーの索敵範囲は38キロ、そこより遠距離から攻撃できるのは対艦ミサイルぐらいだ、対艦ミサイルはフリゲートのレーダーが捉え、迎撃するだろうから心配することなどない」


 ヘンリーは、不敵な笑みを浮かべながら、さらに付け加える。


「それに、戦艦の砲撃に関しても、38キロ以上も離れた位置から撃って命中、ましてや戦艦の装甲を抜ける砲をもった艦なんて、この世にいないさ」


 だが、彼は一つ、見落としていたことがあった、短絡的で自信家である彼は予想される敵艦の説明を読まなかったのだ。


 予想される敵艦の中には、WASが誇る長距離狙撃艦『ラハティ』級戦艦がいた。


 『ラハティ』級戦艦とは、海戦演習時、長門達を襲った新鋭艦で、最大射程52キロ、精密射程41キロを誇る特殊な砲、42センチ63口径砲を搭載した戦艦だ、この戦艦を用いれば、ホルスレーダーの範囲内に入ることなく、射撃を行える。


「はぁ……眠いなぁ」


 そのことを知らないヘンリーは、大きなあくびをしながら、体を伸ばしていた。





「嫌な予感がするな……」


 軽巡洋艦『ケーニヒ・スベルク』に乗る、マイン・トルク大佐は、自ら艦橋上部に上り、水平線を見つめていた。


「……艦長、取り舵90度、独立艦隊は、砲戦艦隊より離れ、索敵を行う」

「了解、『グナイゼナウ』に打電しますか?」

 

 少し考えて。


「いや、しなくていい」

 

 そう答えた。

 

 しばらくすると、艦が左方向に振られはじめ、それに続いて、後続する艦たちも旋回しだす。


「電探からは一秒たりとも目を離すな、甲板索敵要員は、敵がいるものとして監視を続けろ」


 トルクは、ヘンリーと対照的にとても慎重な性格だった。

 必ず索敵は厳重にし、あらゆる場面を想定する、勿論予想される敵の艦種も知っていた、だからこそ本隊と離れ、索敵範囲を広げることで、『ラハティ』級戦艦の砲撃を察知しようとした。


「必ず奴は出てくる……日本の『ナガト』に深手を負わせたあの戦艦が……」


 そして、トルクは何より、日本の戦闘記録も読み込んでいた、その為『ラハティ』級戦艦の恐ろしい砲威力も知っていたのだ。


「あの『ナガト』が耐えられなかった砲撃を、鉄血の艦が受け止められるわけがない……」


 そう呟きながら、トルクは水平線をより強く凝視した。





 現在、15時01分、『グナイゼナウ』艦橋。




 その報告は、急に訪れた。


「独立艦隊より急報! 敵艦隊発見、そこより距離、約45キロ、敵は空母を持たず」


 その報を聞いた時、ヘンリーは目を開け姿勢を直した。


「やっとお出ましか」


 席に座り直し、帽子を深く被る。


「艦長、全艦戦闘配置だ! 敵艦隊へ向かうぞ!」

「了解、全艦戦闘配置! 面舵90!」


 ヘンリーは、現在の単縦陣を維持し、真っ直ぐ向かって来る敵艦に対して、T字戦法で撃退しようと考えた。

 空母のいない状況ならば航空攻撃にさらされることはないため、良い策だと思われたが次の瞬間、それは否定された。


「敵弾飛来!」


 その報と共に、『グナイゼナウ』の周りに二本の巨大な水柱がそそり立った。


「なんだと!」


 ヘンリーは、額から冷や汗が流れるのを感じた。


「独立艦隊より打電! 敵編成、量産戦艦四、『ラハティ』級戦艦一、『ルビー』級防空巡洋艦二、『ソード』級駆逐艦二、量産駆逐艦三」


 その一言で、ヘンリーは顔を引きつらせた。


「名付きが五隻も……こいつは……WASも本気みたいだな」


 艦橋要員たちは、この電報に背筋を震わせる。

 それもそのはずで、WASの名付き艦は、陸や空の名付きとは違い、一隻いるだけで強大な、それこそ一隻で戦況を覆すほどの戦力を持つ。

 

 これまで、大規模な海戦が発生したことがあまり無かったのもあるが、名付きの艦が大量に出てくることは、一度も無かった。

 

 唯一ある海戦と言えば、アメリカの現代艦三隻と『ウリエル』級戦艦、『ラファエル』『ミカエル』がばったり遭遇し、戦闘になったことがある。

 その海戦では、対艦ミサイルに対する防御手段も備わっていた『ウリエル』級が、あっけなくアメリカのクルーザー三隻を葬った。


「……どう、動きますか?」


 ヘンリーの方へ、艦橋要員たちの視線が向く。


「やってやろうじゃねえか……」


 ヘンリーはにやりと笑い、帽子を被り直す。


「艦隊、一斉回頭、横帯陣を形成、敵と正面からやり合うぞ!」

「「「「了解!」」」」


  艦全体が緊張感に包まれながら、艦隊は回頭を始める。


「独立艦隊に敵の牽制を指示してくれ」


 この報は、すぐに独立艦隊を指揮する、トルクの元へ届いた。

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