第一六四話 老いぼれ傭兵


 言葉の最後に行くにつれて、ファントムの声が引きつった。


 俺は首を回し、向かって来る三機の敵機にヘッドギアの照準を合わせ、敵機の正体を探る。


「っつ! 『フェニックス』、『サンダーバード』に『ブリザード』だと!」


 それぞれ赤、黄、青の迷彩をつけたWASのジェット戦闘機。

 名付きの機体で、『Z4』よりも練度が高いうえに機体も高性能だ、果たして『ファントム』と『F1』で太刀打ちできるのだろうか。


「おい大堀、そっちの対空兵装は?」


 『F1』に乗る佐藤が聞いてくる。


「ハルパーが二本と、04式が一本、後機関砲が121発だ」

「こっちは04式二本と、30式が二本だ、機関砲は200発ある、墜とせなくてもいいから、三機に損傷を与えて逃げるぞ」


 どうやら、まともにやりあっても勝てないことは、向こうも分かっているようだ。


「解った」


 俺は短く返事し、機体の状態をチェックする。


「よし……やるか、ファントム」

「腕が鳴るのお、久しぶりの大物じゃ」

 

 敵機と俺たちは高速ですれ違い、互いに反転上昇、相手の背後を取るべく機体を動かす。

 『ファントム』と『F1』は機動力で敵機に劣り、格闘戦をしてはまず勝てない。


「分かってはいるが……クッソ! さっきからチラつくロックオンの警告が怖い!」


 相手をオーバーシュートさせようと機体を動かすと、すぐさま敵機の照準に収まる、之では回避機動を止められず、じり貧だ。


「イチかバチか、あれやってみるか……」


 後方に追ってきているのは『サンダーバード』、WASが保有するジェット機の中で最速の機体だが、運動性はその代わりかなり低くなっている。


「ファントム、ちょっと痛いぞ!」

「好きにせい! 落とされるよりはましじゃ!」

 

 俺は整備課に無理言ってつけさせた大型エアブレーキを全力展開し、右フラップを着陸まで下ろす。


「うがぁ!」


 そうすると、速度に耐えきれなくなったフラップが豪快にはじけ飛び、機体のバランスが大きく崩れる。


「ここで!」


 残った左フラップも展開し、無理くり機体を90度傾けエンジンカット、機体を地面に対して垂直に回転させる。

 傍から見たら、ただ機体制御ができなくなった航空機だが、之でもまだ動ける!


 機首が完全に下を向いた時、エンジンを再び稼働し、ハイGターンで宙返り機動に入る、そして一連の動きに合わせて、右降下する体制を取った敵機の上部背後に機体を持ってくる。


「当たれ! FOX2! FOX2!」

 

 チャンスを確実にものにするため、二本のハルパーを発射する。

 敵機は回避機動を取ろうにも、機首は下を向いているため引き起こすことができないのか、フレアをまき散らす。


「この距離でフレアは意味ないぞ!」


 一定距離に近づかれたミサイルに対してフレアは仕事をしないのだが、『サンダーバード』の高速性も相まってか、ミサイルの機動が一瞬ずれた隙に、敵機はアフターバーナーを全開にし、ミサイルの追跡を振り切った。


「クッソ!」


 俺は慌てて『サンダーバード』を追う、一瞬『F1』の姿が見えたが、向こうも苦戦しているようだ。


「大堀! 目を離すな!」

 

 ファントムが怒鳴り、視線を正面に戻すと、旋回し、こちらに機首を向ける敵機が見えた。


「しまった!」


 その瞬間、機首に二門つく20ミリバルカン砲がうねりを上げて、『ファントム』に殺到する。


「アガァ!」


 機体が一瞬で反転急降下し、何とか致命傷を避けたが、主翼に四発、尾翼に三発食らった。

 主翼の一発は燃料タンクを抜いたのか、操縦席のモニターに燃料漏れを知らせる合図、左翼燃料タンクが赤く点滅し、警報が響いた。

 

「こやつめ!」

 

 ファントムの悲鳴じみた叫び声が聞こえると、操縦桿が勝手に動きだした。


「ファントム⁉」

「少し黙ってみておれ!」


 これはキレた時のファントムの声だ……おとなしく従っておこう。


「さすがに……Gが……」


 先ほどからハイGターンを繰り返し、ファントムの機体は悲鳴を上げモニターにもハイGの警告が流れるが、そんなことは一切気にせず、ファントムは機体を動かし続ける。


 ファントムがエアブレーキを展開し、エンジンをカットしたかと思えば、機首を75度まで上げ、尾翼の向きを下で固定した。

 主翼は上へ向かうための揚力を生み出すが、それを尾翼が抑え、機体が一瞬その場で直立、急減速が起こる、俗に言うコブラ機動に似た動きだ。


「『ファントム』でコブラ機動できたのか……」


 俺が呟くと同時に、急減速したファントムを敵機が一瞬追い越す。

 そこを逃さず、俺はターゲットリングを敵機に合わせ、機首の向きを合わせる。


「「墜ちろ!」」


 ファントムと俺の声が重なって響き、機銃のトリガーを引く。

 高レートで弾は発射され、一瞬で残弾はゼロになったが、綺麗に敵の左翼端から機首にかけて20ミリ弾が突き刺さり、羽から火を噴きだす。


 だがしかし、よろめきながらも体制を立て直し、火災を消化する。


「まだ落ちないか……でも、これでもう満足に空戦なんてできないだろう」

 

 俺が言ったことは間違っていなかったようで、『サンダーバード』はよろめきながら高度を下げ、離脱を開始した。

 だがそれを追えるだけの余裕はこちらも無いので、すぐに反転し、『F1』の方へ向かおうとするが、ミサイル発射の警報が鳴り響く。


「ファントム! ブレイク! ブレイク!」


 佐藤が叫ぶ声が聞え、俺はフレアをまき散らしながら機体を捻る。


「また来るぞ!」


 続けて佐藤が叫ぶが、機首を上に向けてしまったため、それ以上の回避機動ができない。


 当たる、そう思った一瞬、後方で爆発が起き、同時にミサイルの警告が消えた。


「間に合ったか!」

「『F3心神』、之より戦闘を開始する! 全機エンゲージ!」


 どうやら、『りゅうおう』に乗っていた『F3』四機が援軍に駆けつけてくれたらしい。

 ということは、さっきの爆発は、ニ号空中迎撃用誘導墳芯弾か……助かった。


「大堀、佐藤、ここは俺らに任せて、お前らは母艦に帰れ!」

「すまない!」


 その言葉に甘え、俺と佐藤は急降下、低空飛行で母艦目指して帰っていく。

 背後では、『F3』が凄まじい空中機動を行いながら、敵機二機と渡り合っていた。


「あークッソ、結局『フェニックス』にミサイル当てられんかった」


 そんな佐藤のため息で、俺は苦笑いする。


「あいつって確か、レーダージャミング持ってたよな?」

「そのせいで、全然シーカーが起動しないからなかなかロックできなかったんだよ」

「逆に、ずっと敵機を攻撃できる位置に居られたのか?」

「まあ、だいたいは?」


 末恐ろしいな、こいつらが乗ってる機体、本当に第三世代だよな?

 俺はそんなことを思いながら、母艦を目指していた。


 燃料漏れの点滅は収まらないが、母艦に帰る分ぐらいはありそうだった。

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