第一四二話 気になる動画

現在、11時42分、海軍省長官室。


「ヨミちゃん、こっち追いで~」

「嫌です! おじさん臭いです!」

「そんなこと言わないで~」


 現在、長官室に戻って来た俺は、請求書がきちんと届いているのを確認し、午後の仕事を確認していた。

 その間、後ろをついてきたヨミが孫の様で大層気に入ったらしく、凌空長官が近づこうとしたが、ヨミが嫌がり、さっきから長官室を、二人して走り回っている。


「ヨミ、追いで」

「パパ!」


 俺が呼ぶと、ヨミは俺の膝に飛びついてくる。


「有馬君、君いつもいつもずるくない? 私だって好かれたいんだが?」

「じゃあ書類ミスと体臭、どうにかした方がいいんじゃないですか」

 

 そう言いながら、膝の上に座るヨミの頬っぺたをふにふにする、柔らかくて気持ちいい。


「パパ、お昼はどうするのですか?」

「ああそうだな、もうそんな時間か……」


 時計を見ると、11時45分を過ぎていた。


「なら、食堂に行くか?」


 そう長官が提案するが、それを遮るように、長官室の扉が開け放たれ、空の声が響いた。


「有馬! お昼作ってみた!」

 

 空の手には、お弁当箱が二つ握られていた。


「って……その子、誰?」

 

 空の耳にはps2が付けられていた。


「ああ、この子か? この子はヨミ、『伊―403』潜水艦の魂だ」

「初めまして、私はヨミです、パパの娘です!」

 

 その一言で、空の目のハイライトが消えた。

 え、お前WSの少女の発言真に受けちゃうの?


「……ヨミちゃん、パパは有馬だとして、ママは誰?」


 空は、張り付けたような笑顔で、ヨミにそう聞く。

 その質問にはいったいどんな意図があるのか……。


「ママ……わかりません」


 ヨミは少し考えた後、そう答えた。

 ヨミは、俺の行動パターンを踏まえて思考を成立させているから、俺のことをパパと言っているのであって、血のつながり的な物で、そう言っている訳では無い。


「じゃあヨミちゃん、有馬がパパなら、私がママね」


 ヨミにママ的な存在がいないことを確認した上で、空は自分をママと言い出した。

 果たして、それをヨミは受け入れるのだろうか?


「私は雨衣空、有馬の彼女でお嫁さん候補なんだよ?」

「お前は一体、何を吹き込んでいるんだよ!」


 俺は空の頭を小突き、ヨミから引き離す。


「だって!」


 空は、またずらずらと文句を並べようとしたところで、ヨミが口を開いた。

 左目だけ、瞳の色が緑色に変化し、暴走前の機械音声のような声ではないが、どこか人間とは違った声で、話始めた。


「データ分析、名前検索、雨衣空……」


 あーこの感じは、電子戦闘艦としての一角が出てきたな。


「歩兵、八月九日生まれ、現在18歳、身長160センチ、血液型AB型、体重————」

 

 おうおう、個人情報駄々洩れだな。


「――『大和』第348部隊所属、現在少佐、軍陸戦隊隊長、所属、横須賀鎮守府」

「私、いつの間に少佐で軍陸戦隊隊長になってたんだろう……」


 そんな不穏な声が聞えたが、構わずヨミはこう付け加えた。


「……行動パターン把握、有馬勇儀との接触回数……一般兵の中で最多、接触時の心拍数、上昇傾向、有馬勇儀の行動選択への影響……非常に大」


 ん? なんか凄い事言ってない? 空が隣で顔覆ってるし。


「結論、雨衣空は有馬勇儀に好意を持っている、並びに、有馬勇儀に大きな影響を与えている」

「ヨミちゃんもうやめて!」


 空は、耐えきれなくなったのか、ヨミの言葉を制止した。


「ヨミ、そこまでにしてやれ」

「パパ、パパは雨衣さんのこと、好きですか?」


 目の色がもとに戻ったヨミは、そう俺に聞いてきた。


「どうしてそんなことを聞くんだい?」

「雨衣さんは、ママと呼ぶにふさわしいほど、パパに影響を与え、パパを好いています、後はパパさえ認めていただければ、雨衣さんをママと確立できます」


 めちゃくちゃ冷静に考えてるなぁ。


「……空のことは、好きだよ」

「あーりーま~!」


 空は俺の返答を聞いて、俺に飛びついてきた。


「なんだよ空、そんな飛び上がっちゃって」

「ん~私も好きぃ~」


 ヨミは俺たちのやり取りを見て、小さく微笑んでいた。




 現在、13時15分、海軍省長官室。




 空が持ってきた弁当を少しヨミに分けてやり、三人で食べ終えた後、俺は再び長官室でpcと向かい合う。

 空は、今日は休みだと言い、暇なのか、ヨミと長官室で戯れている。


「長官、請求書の件は全部片付きました」

「うむ、ご苦労、後は事務処理だが……」


 凌空長官が顔をしかめながら、画面を見つめる。


「どうかしたんですか?」

「……ちょっと急用ができたから、数日ここを開ける、年明け前には帰る」


 そう言って、長官はパソコンをたたみ、荷物をまとめ始める。


「え、ちょっと急すぎません?」

「ああ、私も今メールで呼び出されたから、全く訳が分からん」


 長官自体も、事情を把握していないようだ。


「まあ、とにかく行って来る」


 そそくさと長官が鞄を持って、長官室を後にした。


「凌空長官、忙しそうだね」


 空は、ヨミを高い高いしながら、そう言う。


「……ちょっと気になるな」


 日頃、凌空長官は絵にかいたような不真面目で、招集がかかっても、欠伸をしつつ、コーヒー片手に向かうような人だ。

 そんな人があんなテキパキ行動するのはどうも不自然と言うか、不思議と言うか。


「ヨミ、ちょっと頼めるか?」

「何でしょう?」


 俺が呼ぶと、空の手をすり抜けて、俺の横に立つ。


「長官のパソコンに侵入して、メールフォルダを漁ってきてもらえるか?」


 俺が言うと、ヨミが自身の頭に手を当てる。


「はい、完了しました、パパのパソコンに送信しますね」

「「はっや」」


 俺と空の声が重なる、さすが『宵闇』の演算力、pcぐらいのセキュリティーなら一秒かからないか……。

 空も半分呆れ気味に、俺のパソコンを覗き込んだ。


「さて、長官にさっき届いたメールは~」


 俺はマウスを動かし、一番着信が新しいメールを開く。


「なんだこれ?」


 そのメールには、一本の動画が挿入されていた。

 俺は首を捻りながら、その動画を再生する。


「なにこの動画……どっかの戦場?」


 その動画に映し出されたのは、銃を持った誰かの視点で、荒廃した市街地を進む映像だった。


「この銃、HK433じゃない?」


 空が銃の名前を口にする。


「だとしたら、ドイツ、クロイツの兵士か?」


 しかし、だとしても、この町はどこだ?


「データ照合、検索……」


 ヨミが検索エンジンを起動して、この動画から得られる情報で、検索をかける。


「パパ、ママ、正解です、確かにこの銃はHK433で、腕の模様から検索をかけた所、99%の確率で、クロイツ歩兵と断定しました、そしてこの市街地、イギリスの街である可能性がおよそ89%です」

「……だとしたら、この映像は、イギリスを奪取しに来たドイツ兵の視点映像か?」

「でも、何でそんなものを?」


 少し考えるが思い浮かばない、動画の長さ的に48秒、この間に何が起こるのか。

 兵士の視点が、急に動く、どうやら壁に張り付いたようだ。


「何か見つけたのかな?」


 空がそう呟く、少し待って、兵士の荒い呼吸が響きながら、視点がまた大きく動く、視点が安定するとその先には……。


「何だ、こいつ……」


 兵士の目線の先には、死体の頭にかぶりつく、カバのような見た目をした、ロボットがいた。


「死体を、食ってる?」

「いや違う、頭だけを切り落としてるんだ」


 カバは、大きな口で首まで加え、鋭い歯のような刃物で、首から下を切り落とし、逆に首から上は、腹に当たる部分にある箱に入る。


 そこで、動画の映像は止まった。


「ヨミ、軍の情報スペースにアクセス、この動画に関連する資料を集めてくれ」

「はいパパ、少しだけお待ちください」


 さすがに、軍本部のサイバーセキュリティーは時間がかかるのか、頭に手を当て、首を捻り、目を瞑る。

 約30秒の時間をおいて、ヨミは手を放した。


「見つけました、関連情報は82件、より明確に類似するものは11件です」


 11件か……。


「ヨミ、後で俺のパソコンに、データを送っておいてくれ」

「了解しました」


 ヨミはびしっと敬礼し、胸を張る。

 俺は、そんなヨミの頭を撫でる。


「ありがとうな」

「有馬、もうしっかりお父さん面だね」


 空が茶化すように笑う。


「まあ、ヨミ程いい子なら、娘に欲しいかもな」


 実際問題、子供や、将来のことはよくわからないが、ヨミのような娘なら、欲しいなと思う。


「お? じゃあ作っちゃう?」

「馬鹿言うな」


 空の本気とも冗談とも取れない言葉を適当に受け流し、俺は自身のパソコンの電源を切り、画面を閉じる。


「今日はここまでにする」


 正直、さっきの動画の内容が頭から離れず、仕事が手に着かない、急ぎの用事もないから、特に焦って仕事をこなす必要もない。


「そうなの? じゃあ一緒に帰る?」

「いや、ちょっと明石に用がある」

 

 空は首を捻りながら頷く。


「そう、分かった、じゃあ先に帰ってるね」


 そう言いながら、空は長官室を出て行った。


「ヨミも、また後でな」


 空が出て行ったのを確認して、ヨミに言う。


「はい、それでは失礼しますね」


 さて、ヨミのが姿を消したところで、今日解決しておきたい謎の答えを、明石に聞きに行くことにした。




現在、14時30分、横須賀沖、工作艦『明石』、キューブ保管室。




「ふにゃ? 有馬から会いに来るなんて、珍しいにゃね」

 

 明石はいつもの恰好で、キューブを眺めていた。


「まあな、一つ聞きそびれていたことがあったから、直接聞きに来たんだよ」

 

 俺がそう言うと、明石は視線をこちらに移す。


「にゃにか言ってにゃかったかにゃ?」

「ヨミが放った青い衝撃波と、それを打ち消した三笠の茶色いオーラ、あれは一体なんだ?」


 そうだ、ヨミの暴走の件でうやむやになっていたが、あの衝撃波について、明石は何も言わなかった。


「にゃー、言い忘れてたにゃ」


 明石は頭を掻いて、ゴーグルを外す。


「あれは、WSのオーラと呼んでいるものにゃ」


 オーラ?


「正直、明石にゃらも詳しく分かっていないのにゃけど、WSの感情が高ぶると放つもので、衝撃波のようなものを放つことができるにゃ」

「なんだそれ……」


 SFチックと言うか、ファンタジーチックというか……。


「にゃけど、正直使いどころも特に思いつかないし、どうゆう条件下で発動するかもわからないのにゃ、だから特に気にしなくていいにゃよ」


 明石は適当にそう言って服の袖をひらひらする。


「まあ、之で気になっていたことも分かったし、俺は帰るよ」

「にゃ、有馬、ちょっと腕時計かすにゃ」


 俺が帰ろうとすると、明石は思い出したかのように、俺を引き留めた。


「なんだ?」


 俺は言われるがままに、腕時計を外し、明石に差し出す。


「ちょっと預かるにゃ、明日には返しに行くから、安心して良いにゃ」

「ああ、分かった」


 特に気に留めることもなく、俺は時計をそのまま明石に任せ、『明石』を降りた。



 今日は、色々あった、WSについて、新たに知ったことも多かった。


「そう言えば、今日はクリスマスか……」


 今思い返してみれば、今日は十二月二十五日、クリスマスだ。


「じゃあヨミは、クリスマスプレゼントってとこか」


 ……今は、15時48分、まだ時間はある。


「近場のデパートで、空に何か買ってくか……あいつって何が欲しいんだろう?」


 その後、俺はデパートで空用と、吹雪、圭用のクリスマスプレゼントを買ってきた、三人はそれなりに喜んでくれたように見えたので、ホッと、胸を撫で下ろした。

 

 何となくだが、皆との、心の繋がりを実感できた気がした。

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