第一二〇話 ウラジオストック航空基地

「はるばる日本からご苦労だったな」


 白髭を長めに生やし、つるんとワックスがかかった髪を頭の上でまとめているこのおっさんは、ここ、ウラジオストック航空基地の所長らしい。

 名前は、スーヴェルト・バロッカ・フェント。


「いえ、はるばると言っても一時間ほどですから」


 この人は日本語が流暢だ、おかげでストレスなく会話できる。


「今回の資料については、ありがたくいただいておく、之で私たちの『su』たちも大きく性能アップすることだろう」


 そうご機嫌に資料を見つめている、やはり『サイトホーミング』の技術はどこの国も欲するのだろうな。


「さて、いつまでもここに引き留めるのは悪いな」


 そう言って俺たちに鍵を渡す。


「これは?」


 俺が聞くと所長はにやりとわらう。


「家の粗悪な宿泊施設の中では、トップクラスにいい部屋だ」


 あ、俺達ここに泊まるん? マジ?


「所長、ロシアの晩御飯に司令官が付いていけると思えないのですが……」

「まあそこは君が何とかしろ、オデット」


 オデット?


「空、お前の名前か?」


 俺が聞くと空は頭を掻きながら宙を仰ぐ


「はぁ……後で話すよ」


 そう言って、空は部屋を出た。


 その様子を見送った後、所長はぽつりと言葉を零した。


「……彼女はね、かわいそうな子なんだよ」


 所長は席を立ち、窓から外を見る、外には『su―87』が並んでいる。


「彼女は若いうちから軍に縛られて、戦うことを強制された子なんだ、私自身の感情では、あの子を軍の実験台に使うのは反対だったんだが……」

 

 実験台、か……。


「それに、彼女の存在は、ロシア……いや、旧ロシア帝国にとっては、本来大切な存在なんだよ」


 俺には理解できず首を捻る、空はいたって普通の村に生まれたと聞かされていたが……。


「まあ、直接彼女から聞いた方が良いだろう、オデット・ジークフリート・ロマノフから」


 ロマノフ……どこかで聞いたことがある名を頭に残しながら、俺はその部屋を後にした。




 現在、21時34分、ウラジオストック航空基地、宿泊施設の一室。




 俺と空は、晩御飯を食堂で取った後、用意された部屋のベッドに、ため息をつきながら腰を下ろしていた。


「疲れた……」

「これがロシアの軍だよ……」


 あの後からずっとノリのいいロシア兵たちに付き合わされた、良くしてもらえたのは嬉しかったが、飯の時ぐらいはもう少し落ち着いてほしかった……。


「ウォッカに火をつけて飲むってこっちでは常識なのか?」


 空は苦笑いしながら答える。


「常識ではないけど、やる人は結構いるね」


 食堂で飯を貰いに行ったとき、余興だ! って言いながらウォッカに火をつけ、一気に飲み干していた三人の男兵士がいて目眩がした。


 他にも食堂全体が酒臭かったり殴り合いが始まったり、女性兵の体を触ろうとした兵士が連行されたりと、日本では考えられないぐらい荒れ狂っていた。

 ちなみに触られそうになった兵は空なのだが……。


「お前、あれはやりすぎなんじゃないか?」

「いいの、ロシアの男たちは女に対しての扱いが雑なんだから、自分の物が入れられるなら少女でも淑女でも幼女でも関係ないんだよ」


 やれやれとでも言わんばかりに首を振る。


「困ったもんだな……お前がロシアにいる頃にもああゆう事はあったのか?」

「まあね、何回か触られたけど皆投げたから、ちゃんと私は生娘だよ」


 いやそんな生々しい話を聞きたかったわけではないのだが……。


「女の子がそんな言葉を使うんじゃありません」

「有馬は私の保護者か何か?」


 そんなやり取りを終え、しばし沈黙が流れると自身の体から酒の臭いがすることに気づいた。


「風呂沸かすか……」


 確かこの部屋には簡易的な風呂場があると言っていた、大浴場もあるようだがあの人たちと入る気にはなれないので、部屋で入ることにした。


「お酒の臭い、気になる?」

「まあな」


 俺はそう言って風呂場に入り、バスの蛇口をひねる。


「大分広いな」


 浴槽は俺の身長と同じくらいで幅もそこそこある、部屋としてもそこそこ広く、何畳ぐらいだと思う。


「そりゃあこの部屋は大佐部屋だからね、長官室ほどではないにしろしっかりとした設備が用意されてるよ」


 後から空の声が聞える。


「逆に聞くが、将官たちの部屋はどれくらい豪華なんだ?」

「高級ホテル」


 ノータイムで返答が返ってきた、だがこれ以上ないぐらいわかりやすい例えだ。


「ねえ、私もお風呂入って良い?」


 空も臭いが気になるのだろうか?


「ああ、構わないが、どっちが先に入る?」


 うーんと声が聞えた後。


「先に入って良いよ」

「良いのか? 二番風呂で」

「別に気にしないよ」


 暫く待つと、ちょうどいいぐらいの湯温で湯船が満たされた。


「じゃあ風呂入ってるぞー」

「りょうかーい」


 そう声が聞えると、俺は酒臭い服を脱ぎ、体を軽くシャワーで流した後、湯船につかった。


「ふいー」


 大きく息を吐きだして体から空気を抜き、湯船に体までつける。


「超高高度飛行からの強襲が得意な、最新鋭ステルス戦闘機『su―87』、日本の『F2』をコンセプトとした汎用戦闘機『tu―99』、長距離自動飛行が可能な大型偵察ヘリ『BE2』……こいつらが一斉に牙を向けたら、空自も難しいだろうな」


 日本はWASよりも、WASの影響など、何らかの事情により他国家の攻撃対象にされた時を警戒している。


 今の日本は弱い。


 一国で戦えば、一年全力で戦い抜いた後、滅びの道を辿る。

 一等指揮権を持つ、現在の日本軍事事情を取り扱う日本軍部総合本部、大戦略考案部署は、そのような結論を出している。


「ロシアを敵に回すのはいつの時代でも怖いってことだな」


 俺がふと思い出したのは、日露戦争のことだ。

 物量と機銃、天然要塞によって苦しめられ、大量の人が亡くなった、海でも日本海大海戦で大勝利を収めたものの、あと一歩発見が遅れたり、とっさの判断がなければ大敗北を喫していたのは間違いない。


「日本はいつでも、負け戦を引き分けに持ち込んできたんだ」


 日本がいくら技量をつけたところで中国、イギリス、はたまたロシアやアメリカなどの大国に勝てる見込みなんてないんだ。


「日本は、勝てないんだ」


 俺がそんな風にしんみりと湯船につかっていると、いきなり風呂場の扉が開け放たれた。


「でも、負けないでしょ?」

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