第九九話 『零戦』と言う後悔


「凄かったなぁ」


 俺は、ドッグの待機室で、零とともに報告を待っていた。

 零は吹雪の訓練に付き合っていて、今は吹雪を待っているらしい。


 吹雪が何をしているのかは、教えてくれなかった。


「どうですか? 戦艦の良さ、思い出しましたか?」


 零はそう言って、こちらを覗き込む。

 零の服が、初めて見た時とは違い、緑の振袖が白に、赤紫の袴に、菊の花が施されていた。


「あれ? いつの間に姿が変わったんだ?」


 そう聞くと、零はくるりと一周する、前は髪を結んでいたのに、今は結んでいないようで、手にはゴムが付いている。


 そのゴムは、何かを惜しんでいるようにも見えた。


「どうです? 可愛いですか?」


 零はそう言ってほほ笑む、一瞬だけ背景が霞み、視線が変わった。




「どうです? 可愛いですか?」


 彼女はそう言って、くるりと回る。

 そんな姿に、俺は言葉をかけていた。


「ああ、可愛いよ」

「えへへ」


 その一言で、彼女は笑った、その笑みを守るためなら、俺はなんでもできる気がしていた。


「……本当に行くの?」


 彼女はそう言って、俺の腕を引く、その顔には不安が伺える。


「ああ」


 俺は短く返す。

 その後、二人の間には沈黙が流れ、海岸には、波の音だけが聞こえる。


「あ……」


 そんな二人の上空を、二機の飛行機が通り過ぎる、真っ白な翼をもつ飛行機だ。


「……私が空を飛べる鳥なら、貴方を守ってあげられるのに……」


 そう、彼女は呟いた。




 視線が切り替わる、また海岸だが、少女の姿は、前のきれいな振袖ではなく、雑な麻布でできた服を来ている、手には一枚の紙。


「……ひどいよ……なんで、なんで私は、生きているの?」


 手から紙が落ちる。


 その紙には、『戦死』という二文字が書かれていた。


「私が鳥だったなら、貴方を守ってあげられたのに、貴方の乗る鋼鉄の鳥なら、一緒に……一緒に死ねたのに! 貴方がいないこんな世界なんて、壊れてしまえばいいのに……」


 そう海岸に響き渡る。

 彼女は、自身の服の中から光る金属を取り出した。


「貴方がくれたこの髪留め、ずっと持っていたのに……あなたが帰ってきたら、二人でつけられるように、二つとも持っていたのに……」


 その手には、ゴムに着いた、羽を畳んだ鶴の髪飾りと、紐に通された、羽ばたく鶴の首飾り。


「貴方が帰ってこないなら……こんなもの…」


 そう言って、その髪飾りを海へ放り投げようとするも、少女は思いとどまり、握りしめる。


「貴方に、会いたい……あいたいよ……」


 そう言いながら、彼女は髪のゴムを外し、手に握った飾りを、袖の中に入れた。


「私は貴方とともに生きられるなら、それでよかった……それだけでよかった……私は、貴方の分まで笑うことなんて……できないよ……」


 手から落ちた紙が、風にさらわれる、その紙には……。


『この度―――は神風特別攻撃による、名誉ある戦死を確認したため、彼の手紙とともに、之を報告する。「―――様へ、きっとあなたは悲しむでしょう、私はこの度、神風特別攻撃隊に参加することになりました、再び生きて、あなたに合うことはできないと思います。でも、どうか泣かないでください、私の分まで笑って生きてください、どうか二つの髪飾りとともに、幸せを築いてください、そして、全てが終ったら、また空の上で会いましょう。ですが、どうかゆっくり、ゆっくりと来てください。また会えるその日まで、さようなら。愛しています。―――より」』





 そこで、俺の視線は現在に戻ってきた。


「どうしました? 有馬さん」


 俺の意識が、現在に戻った時、零は不思議そうな顔でこちらを見ていた、俺は、そんな零に歩み寄る。


「有馬さん?」


 俺は、零の服の袖に手を入れ、あるはずのものを探す。


「え、ちょっと! 有馬さん⁉」


 零は驚いて、その手を払おうとするが、それよりも先に、俺は、羽ばたく姿をかたどった飾りを取り出す。


「あ、それは……」


 その飾りを取り返そうと俺に手を伸ばす。


 しかし、俺はその手を握り、手首に巻いてあるゴムを外した、その後、零から取った飾りを通し、髪留めを作る。


「零、きっと君は、こうしている方が似合っているよ」


 そう言って、俺は彼女の髪を優しくまとめ、いつもの簡単な一つ縛りを作った。

 ただそれだけで、零の美しさがより引き立って見えた。


「……もう……どうして、あなたはそういつも……」


 そう言って、零は涙ぐむ。


「あ! すまない勝手に髪を触ってしまって…」


 俺は反射的に、手を放す。


「良いんですよ、貴方なら……」


 そう言って、零は俺の手を握り、自身の頬へと持っていこうとするが、それと同時に左右の、ドッグ側の扉と、建物内側の扉が開く。


「はーいそこまで」

「まったく、君はいつも……」


 そう言って、吹雪と艦長が入ってくる。


「有馬、次私の相棒を口説いているところ見つけたら、鼻に五式30ミリ機関砲ぶっこむからね、冗談じゃないから」


 吹雪が、俺に書類を突きつけながら零の前に仁王立ちする。

 まるで自分の妹を庇う姉の用だ。


「あはは、吹雪、ちょっと違うよ」


 零が言う言葉に、吹雪は首をかしげる。


「私が、有馬を口説いてたの、この新しい衣装でね」


 そう言って、零は再びくるりと回る、今度は髪が結ばれ、髪飾りがきらりと光る。


「まさか零、有馬のために塗装を塗り替えるように頼んだの⁉」


 零は、その言葉に目をそらし、吹雪は深いため息をつく。


「……それにその髪飾り、元から着けてたのとは違うみたいだけど……」


 再び大きなため息、その姿を見て、零は苦笑。

 吹雪がため息から復活すると、ふてくされた顔で、俺に言った。


「それ、空母たちが使う艦載機達の更新詳細と、零の塗装についての報告、その他もろもろ航空機に関する資金の書類もついてるから、後で読んどいて」


 そう言って、吹雪はその場を立ち去って行った。

 その後ろを零も追いかける、零は部屋を立ち去る手前、こちらにお辞儀をし、軽く手を振ってから出て行った。


 ……可愛かった。

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