第九八話 超長口径砲搭載型狙撃戦艦


 張本さんの怒鳴り声と同時に、再びヘリが揺さぶられ、今度は『長門』の右舷に水柱が立つ。


「何事ですか⁉」


 俺が聞く前に、張本さんはヘリの急上昇と後退を始める。


「敵戦艦二、重巡三の砲戦隊が、迎撃範囲に突入、至急撃退しろと本部からだ!」


 張本さんは、二番席との機内無線を切って、艦隊からの無線を、俺の座る二番席に繋いだ。


「「有馬、お前が指揮を執れ!」」


 コルト長官と彭城艦長の声が同時に聞こえる。


「了解、我、之より艦隊戦の指揮を執る! 全艦、左回頭90度!」


 その声と同時に、周りを囲っていた駆逐艦が離れ、戦艦四隻が、左側へと進行方向を変える、それと同時に敵弾が飛翔、先頭を進む『長門』の奥に着弾、水しぶきを上げた。


「見つけた! 敵、ここより東の方向、距離40キロ!」


 張本さんが声を上げ、敵艦の位置を知らせる。


「遠い!」


 俺は、反射的にそう叫ぶ。

 之だけの距離をここまで正確に打ち込めるのは、大和型以上の大型艦、でもそんな戦艦を、WASは持っていない……だとしたら新型?


「水観より入電! 敵戦艦二隻は、推定全長250m、主砲、超大口径砲二連装一基!」


 何だそのアンバランスな戦艦は!


「新型艦だな……有馬、どうする?」


 彭城艦長の声には、少し緊張が窺える。


「やるしかない、全艦回頭、右10度! 敵艦体に急接近する! 全砲門、徹甲弾装填!」


 俺がそう指示を出す。

 演習弾が七割を占め、残りの二割は榴弾と徹甲弾、そのうち榴弾はさっきの海賊船掃討に大量に使い、ほとんど余っていない、つまり、砲撃のチャンスは残り僅か。

 こうなったら、接近し、確実に当たる距離で、徹甲弾をお見舞いするしかない。


「敵艦目視!」


 少し経った後、前から二番目の『アリゾナ』に乗るコルト長官が叫んだ、俺はすかさず敵戦艦に双眼鏡を向け、情報取集を図った。


「なんだ、あの戦艦……戦艦と言うより、もはや浮き砲台だ……」


 全長は、確かに『大和』と同じくらい、だが主砲の砲の長さが、段違いに長い、『大和』の二番砲塔の辺りから、一番砲塔の先頭部分まで砲が伸びている。


 後部には、『扶桑』にも負けないほどの大きい艦橋、副砲の類は、ほとんど見えず、『大和』で言うカタパルトのあたりに、高角砲、艦橋にちらほらと、対空機銃が見えるが……。


「航空機が襲ったら、ひとたまりもないぞ……」


 防空設備が駆逐艦並みに少なく、足も速くないため、艦載機での攻撃なら、たやすく沈められそうだが……。


「そのための『ルビー』だろうな」


 張本さんが、間髪入れずに突っ込む。


 そう、問題なのが随伴している重巡三隻のうちの一隻、『ルビー』級防空巡洋艦、一言で表すなら、針山だ、大きさ的には一般的な重巡だが、ごつごつといたるところに、尖るように突き出した砲は、全て12、7センチ両用砲、合計十基二十門。

 そして、その隙間に並ぶ丸い球体は、40ミリ四連装機銃、十二基四十八門、ところどころに点在する、20ミリ縦連装機銃、合計二十基四十丁、他にも20ミリ単装機銃が無数に並ぶ。

 

 それらの対空火器が一斉に火を噴けば、空を飛ぶことは不可能だ、あれ一隻で、大和二隻分にも負けない弾幕を張ることができる。

 両用砲は、非常に弾速が速いため、たとえジェット機であろうと、撃墜することは不可能ではない。


「ッ! 敵艦発砲!」


 そんなことを考えていると、ゆっくり主砲が動き、照準を合わせ、長い砲から、二つの砲弾を撃ちだした。


「『長門』被弾!」


 コルト長官の鋭い声が入る、俺が双眼鏡を向けると、『長門』の二番砲塔付近から、火が上がっている。


「『長門』、第二砲塔使用不能、着弾の振動で、水面下に亀裂、浸水発生!」


 追加で、被害の状況がコルト長官から入る、その声には動揺が混じり、焦りが見える。


 それもそうだ、いくら旧式とは言え、『長門』は40センチの砲弾を受け止める装甲版を持っている、それをたやすく粉砕したあの砲の破壊力は、測り知れない。


「畜生! まだか!」


 俺は、敵艦との距離を目測で測る。

 現在距離は27キロ、レーダー照準射撃の、必中距離まであと12キロ、そんなことを考えていたら、今度は二隻目の戦艦が、砲を動かした。


「来る!」


 そう叫ぶと同時に砲声が響き、再び砲弾が『長門』を襲う、その二発の砲弾は、長門の後部を直撃し、


「『長門』、第四砲塔粉砕! 機関室破損、機関停止!」


 『長門』の足を奪った、このままでは滅多打ちにされる。


「長門!」


 俺の叫び声は空しく、最初に砲撃した戦艦が、再び砲声を轟かせた、それは長門に対する死刑宣告で在り、この海戦での敗北を告げる砲声になる。


 そう思った瞬間、長門の側を航行していた『扶桑』が大きく舵を切った。




「させません!」


 私は、『長門』の側を横切る前に、機関を第三船速から、後進一杯に変更し、錨を下ろす。

 艦体が急停止し、『長門』に覆いかぶさるように立ち止まる。


「アァッ!」


 そして、砲弾をこの身で受け止めた。


「扶桑!」


 司令官の声が、無線機から聞こえる。


 私の声が伝わらないのは知っている、でも……。


「きっとあなたなら、私の考えていることをわかってくれますよね? 有馬司令官」

「ああくそ! アリゾナ、陸奥、取り舵90度! ここから奴を叩くぞ!」


 その声が聞こえ、私は決意する。


「あなたの信頼、答えて見せます!」


 再び砲弾が私を襲う、後部艦橋と三番砲塔が粉砕され、艦首に命中した砲弾は、甲板をめくる。


「ッツ! まだまだ!」


 『陸奥』と『アリゾナ』が砲門を開いた、後は少し、私が我慢すれば、だれも沈まずに帰れる、あと少し、耐えれば!


「ッあぁ! 艦尾がぁ!」


 今の砲撃は、私の後部に集中し、六番砲塔を粉砕、そして艦尾に、亀裂を起した。


「ああ、山城、貴方はこんなに辛い思いをしてまで、時雨を逃がしたのね……」


 妹の山城は、私が沈んだ後、多数の戦艦に集中砲火されながらも耐え続け、味方を逃がしてから、爆沈した。


「だから……山城の姉である私が、負けるわけには……いかないのよ!」


 その思いで、私は斉射を放った。


 傷ついた艦体が悲鳴を上げ、軋み、視界を真っ白くしようとする、だが私は、しっかりと見た、私が放った砲弾と、前の二隻が放った弾が同時に着弾し、敵戦艦から、真っ黒な煙が噴き出すのを。


「やりました……やりましたよ、司令官、私は耐え、そして敵艦を……」


 その言葉を伝える間もなく、敵の砲弾が私の艦尾に再び命中、第五砲塔が爆発し、艦尾には大きな亀裂が奔った。

 そこで、私の視界は真っ暗になっていった。


 ああ、ここで私は、再び眠るのでしょうか……いや……。


「しずみ……たくない……」


  いやだ、折角私を認めてくれる人の艦隊に入れたのに、こんなところで、沈みたくない……。


「しれい……かん…たすけ……」

「やっと、自分を大切にしてくれたな、扶桑」


 私の意識が途切れる寸前、柔らかいが頼りがいのある、二人の声が、微かに、私の耳へと届いた。

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