第九六話 アリゾナの企み
「アリゾナ、準備は良いか?」
私はそう言って、艦橋に立つ。
そうすると隣に、アリゾナが姿を現した。
「ああ、いつでも大丈夫だ」
そんな返答を聞くと同時に、戦闘開始を告げるブザーが鳴り響く。
「長門、貴艦は、独自の判断で動いて構わない、私の指揮より、自身の判断の方が、信用できるだろう?」
通信でそう呼びかける。
「ああ、すまないなコルト長官殿、しかし、何かあったら指示をくれ、今は貴方が長官なのだからな」
そう言って通信を切った。
全く、気高い艦だよお前は。
「『長門』は、日本の誇りと言われる艦なだけある……私たちの『コロナド』と同期だしな」
『長門』型はビックセブンと言われる艦たちの二隻で、その中には、アメリカが誇った『コロナド』級戦艦もいる。
『アリゾナ』は『ペンシルベニア』級で在り、コロナドより一世代前の艦艇だ。
「さて、そんなことを考えている場合ではない、あと53秒で、私の射程に入るぞ」
現在、『陸奥』と『扶桑』は、正面から向き合う形で進んできている、このままいくと、すれ違う形で反航戦となる。
「あと、32秒……む、舵を切ったか」
アリゾナが冷静に、敵艦の動きを報告する。
「なるほど、いわゆる東郷ターンか……」
アリゾナは少し考えて、何かに納得したように呟いた。
「トーゴ―ターン? なんだそれは?」
私は聞き返す。
日本の艦隊運用戦術かなにかだろうか?
「東郷ターン、当事無敵と謡われた、ロシアのバルチック艦隊を破った時、連合艦隊が取った行動の通称だ」
ほー、まあ特に興味はないがいい機会だ、その戦術を覚えておくとしよう。
「内容的には簡単な話だ、敵と反航戦になって、仕留めきれずに逃がしてしまう、なら相手の手前で舵を切り減速、敵を無理やり同航戦に持ち込むというやり方だ」
なるほど、自身を砲撃にさらしだすことで、敵を逃がさず、どちらかが沈むまで戦うという事か……実に日本らしい。
「ならアリゾナ、この勝負、乗るか?」
「受けて立とう、同航戦なら、互いの技術と火力が物を言う、それに、之の火力を試すのにもちょうどいい」
そう言ってアリゾナは、自身の舵を左に切る、これで互いに、同じ方向に艦首が向いた。
「あと十五秒……」
アリゾナが呟く、その瞬間、背後に並ぶ『長門』と、敵の『陸奥』が、交互撃ち方を始めた。
彼女らが積んでいる主砲は、日本が設計した41センチ砲で、『アリゾナ』の砲よりもやや射程が長い、その為、最初の砲撃は『長門』型になったのだろう。
「良い音だ」
艦橋にまで響き渡る砲声を聞いて、アリゾナはそう言うと同時に、主砲塔の仰角を調整、しっかりと敵一番艦、『陸奥』を睨んだ。
「全砲門、ファイヤ!」
その掛け声で、三連装四基の砲塔の内、各一番砲が咆哮した。
―――いつもとは少し、違う音を立てて。
「『長門』、撃ち方始めたみたいだな」
そう呟き、双眼鏡で、米戦艦である『アリゾナ』と姉妹艦である『長門』の姿を見つめる。
「そうねぇ、ひとまず交互撃ち方をするけど、何か作戦はある?」
陸奥が声だけで問い、そんな声に、私は首を振る。
「まさか、私は有馬ほど頭が切れる訳ではないからな、作戦なんてない、まっすぐぶつかって倒すだけだ、そのために、同航戦を誘ったのだからな」
有馬なら、何か奇策を思いつくのかもしれないが、私はそんなに実践的な艦長ではない。
海上自衛隊も、防衛大を出て、士官コースを真っすぐ上ったから、あまり現場のことを知らずに大将になった。
そしてそのまま軍に横流れし、元帥という立場になった。
「やはり、作戦を立てるなら有馬の方がいいな、私の目に狂いはなかったようだ……彼が少し離れているだけで、あらためて有能な指揮官だと実感するよ」
そんな呟きとともに、陸奥は主砲に仰角をかけ、敵一番艦の『アリゾナ』を狙う。
「交互撃ち方、主砲、砲撃開始」
私の声で、陸奥は各主砲の一番砲を咆哮させた。
「敵弾来るわ」
陸奥も、私の静かさに倣って、比較的静かな声で知らせた。
「最初から至近弾とは、いい腕だ」
陸奥の艦首付近に敵弾は弾着し、大きな水柱を上げた。
「こちらは……あら、ちょっと遠いわね」
陸奥が放った一射目は、『長門』の前に居る『アリゾナ』の奥、少し離れた位置に着弾する。
「下げ一〇〇ってところか」
私が呟くと、陸奥はそれに合わせて、二番砲の仰角を下げる、それと同時に、後方の『扶桑』も、各砲塔の一番砲を咆哮させる。
35、6センチ砲弾の射程に入ったのだろう。
「やっぱり、六門もの方が至近で発射されると、音と風が凄いわね……」
扶桑が撃つのを見て、陸奥が呟く。
「すみません……少し、下がった方がよろしいですか?」
「ああ、いいのよ気にしないで、ビックセブンの艦体は、そんなんじゃびくともしないから」
扶桑の声に、陸奥はそう返す。
なんだかこの二人は、何処か似ているような気がしなくもない……。
だがどこが似ているのだろうか……。
そんなことを考えていると、
「着弾……夾叉弾、うん、いい感じね」
陸奥の砲弾が着弾し、敵艦を水柱で囲った、そう言った後、両方の仰角を揃える。
「斉射に以降するのか?」
「ええ、観測機によれば、夾叉弾を出せたし、どうやらこちらも、夾叉弾を受けたみたいだからね」
その瞬間、後ろから追いかける『扶桑』を挟むようにして、水柱が上がる。
『長門』と『アリゾナ』の装填時間が長いと思っていたら標的を変えていたのか……。
それにしても、なんだかアリゾナの砲弾で上る水柱が、大きいような気がするのは気のせいだろうか? 『長門』型の41センチ砲よりは小さいが、36、5センチよりも大きいような……。
「足が遅いし、大きいから狙われやすいのよね……何とかならないものかしら……」
そんな嘆きに、私は冗談交じりの言葉をかけてみた。
「有馬にでも頼んでみろ、きっと何とかしてくれるぞ」
半分本気、半分冗談だ、WSである戦艦を改造するには、それなりに技術と時間を 要する。
ましてや、艦の竜骨と呼ばれる部分をいじる、艦体の短縮など、簡単にできることではない。
「そうですね、有馬司令官なら何とかしてくれるのかもしれないですね」
うむ、結構本気で考え出しているな……。
「装填完了、いけるわ」
陸奥がそう伝える。
「よし、主砲斉射!」
「撃て!」
私の声に続いて、陸奥が叫ぶ。
その瞬間、陸奥の四基八門の41センチ砲が、同時に火を噴いた。
「『陸奥』が斉射に踏み切ったぞ?」
私は通信越しに居るコルト長官に呼びかけてみる
「そうだな、ともに夾叉弾を出したからだろう、やられる前にやる、その考えに基づけば、斉射に踏み切ってもおかしくはないさ」
冷静な返答と同時に、『アリゾナ』周辺の海水が、大きく膨れ上がり、水柱がそそり立つ。
「直撃弾は無しだ、長門は、そのまま交差撃ちを続けて構わない」
その返答に、私は砲声で返した。
「……斉射に変えるのか?」
自身より小さな砲を持つものに、負ける気はないからな、私だって、ビックセブンとしての意地がある。
「ああ、米戦艦如きが、私に敵うと思うなよ」
挑発するように私が言うと、返答は私と同じように、砲声で返してきた。
「私を侮るな、老兵」
その声は、コルト長官ではなくアリゾナ本人のものだった。
「それはお互い様だろう」
私の返答を、アリゾナは「フンッ」と、鼻で笑った。
そんなことをしている間に、私の放った砲弾八つは、航続する二番艦、『扶桑』に殺到した。
「命中一確認」
一番砲塔の少し前に着弾し、火柱、のように見える赤い染色粉が上がった。
今撃っているのは、演習用に作られた弾なので、艦を傷つけるほどの力は無い。
それに続いてアリゾナの弾も着弾、赤い粉を上げる、命中場所は……五、六番砲塔直下か……。
「きゃあ⁉ 後部砲塔被弾、旋回不能?」
通信からその報告が飛び込んだ。
合計で三発の命中弾、しかも二発は、五番砲塔の旋回レールと、六番砲塔を破壊した判定がでたようで、後部砲塔が使用不能に陥った。
火力が、三分の二に減少してしまった。
「どうして私は、こうも運が悪いのかしら……」
運に関しては、改装で何とかなるものではない、愚痴を零してもしょうがないステータスだ。
「まだまだ行くわよ! 撃て!」
陸奥は負けじと斉射を放つ、さっきの斉射は、全弾空振りに終わったため、まだ敵に損害はない。
このまま一方的に叩かれるのは面白くない、ぜひとも命中弾を出して、互角に持ちこみたいところ……。
「私だって! 主砲、一斉打ち方、砲撃開始!」
無線機からは、勇ましい声で、斉射の合図が聞える。
「だんちゃーく……今!」
陸奥の掛け声とともに、『アリゾナ』の甲板上に、二つの染色粉が舞い上がる。
「命中確認、二発中央右甲板」
陸奥が攻撃の成果を報告する。
その後、扶桑の弾が『アリゾナ』に着弾、一発が後部砲塔付近から粉が上がる。
「合計三発命中、でもまだ白旗は上がらないようだな」
私が言うと、陸奥は再び斉射を放つとともに、異端な行動を取り出した。
「ん? 陸奥、何をしている?」
陸奥が取り舵を取り出したのだ、正直、今同航戦を捨て、わざわざ相手にT字有利を作らせるのか?
「艦長、扶桑と長門、アリゾナにも通信を開いて! レーダーに所属不明艦!」
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