第六二話 超弩級戦艦『扶桑』


「さて、次は扶桑かな……」


 ボートを、『三笠』の後ろに停泊する巨艦に寄せ、乗り込む。


「まだ扶桑とは、面と向かって話したことがなかったな……」


 そもそも、大和以外の艦の内部に、きちんと入ったことがなかったな……これを機に、よく見てみるか。


「45口径36、5センチ砲が六基十二門、日本連合艦隊の中でもかなりの高火力艦、しかし足の遅さと、安定性の悪さから、最前線に出ることはほぼ無かった……」


 そう言いながら、俺は一番砲塔の内部に入る。

 しっかりと運用できれば、かなりの戦力になっていただろうに……。


「誰だ!」


 気配を感じ、勢いよく振り返ると、そこには大和と同じくらいの背丈の女性が立っていた、ちなみに大和は、俺より数センチ小さい。


「えっと、司令官殿でしょうか?」


 大和とは正反対な、おしとやかな口調で俺に聞く。


 大人びていて、ほっそりとした顔立ちで、真っ黒で癖がない髪は、膝裏まで延び、白い肌に突き刺さるような赤い目。

 しかしその目元は、ひどく沈んだ目をしている、服に関しては……う~ん、なんて言えばいいのか、和装スカートとでもいえばいいのだろうか?


 それと、耳のイヤリングは彼岸花だ。


「……彼岸花ってことは……君が扶桑か」


 俺は、彼岸花から最初に連想した、戦艦の名前を口にする。


「はい、超弩級戦艦、扶桑型一番艦『扶桑』です、全員で、司令官に挨拶した時以来ですね」


 扶桑は笑みを浮かべるが、その笑みの裏には、はっきりと曇りが見えた。


 この感じだと、ほかの艦たちよりも、闇が深そうだ。


「すまない急に乗り込んで、実は今、みんなのカウンセリングしてるんだ」


 扶桑は首をひねる。


「要は……きみたちのトラウマの克服だ、この先大規模な作戦を行うからな、支障の無いように、だ」


 扶桑は細く微笑んだ後、首を横に振った


「私なんかに、そんなことは不要です」

「なぜだ?」


 扶桑は、顔を崩さずに、言葉を続ける。


「私が出撃なんてしたら、それこそ周りに迷惑をかけてしまいます、私はおとなしく日本で練習艦か実験艦にでもなっていますから、好きな時にお使い、必要がなくなったら解体してください……」


 ……少し強引に進めることを、どうか許してくれ。

 こうでもしないと君は、おそらく話してくれないだろうから……。


「扶桑、日本で最初に建造された超弩級戦艦の君に、聞きたいことがある」


 扶桑の瞳の色が薄くなり、文字が浮かぶ。


(第一遊撃部隊第三部隊)


 扶桑は三笠とはまた別で、仲間のことか……これは重い話になりそうだ……。


「……第一遊撃部隊第三部隊……西村艦隊のことを、聞かせてくれ」


 そう聞いた瞬間、扶桑から目の色が消えた。


「いやあああああああああああああああ!」


 主砲塔内部に、扶桑の絶叫が響き渡る、本人は頭を抱えてうずくまった。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい時雨、ごめんなさい山雲、ごめんなさい満潮、ごめんなさい朝雲、ごめんなさい最上、ごめんなさい山城、申し訳ありません西村さん……」


 やべぇ……これは、やっておいて正解だな……。


「扶桑」


 扶桑の肩に手を触れると、扶桑は悲痛な顔と声で言う。


「欠陥品である私が、蘇るべきじゃなかったのです、私が出れば、皆を危険に晒してしまいます、そんな艦に何て、誰も乗りたいわけありません……」

「……そこまでだ」


 俺は扶桑の頬を挟み、顔を上げさせる。


「司令官……」

「お前は欠陥品なんかじゃない、たとえそう言われたとしても、俺はそんなことを思わない」


 扶桑は、涙目になりながらこちらを見つめる。


「君は誇るべき、日本の十二戦艦の内の一隻だ、必要だったから、あの艦隊に組み込まれたんだ」

 

 扶桑はうつむいて、嗚咽をこぼす。


「聞かせてくれ、君の仲間の話を、君の最後の話を……」


 扶桑は、立ち上がり、静かにうなずく。


 よかった、とりあえず落ち着けたみたいだな。


「私の中で、レイテ沖に向かう数日前に、西村さんと、数名の長官が会議を開いていました」


 三笠同様、目の前の視界がぼやけ、見えなくなってきたと思ったら、視線が変わる。




 ここは……扶桑の会議室か?


「……という艦隊構成で、艦隊を再編してみてはいかがでしょうか、この編成なら、快速なため、比較的早くレイテに到着でき、なおかつ大型艦がいないので、見つかりにくくなりますが、いかがでしょう?」

「却下だ」


 俺は、声の聞こえる方へ顔を向ける。

 すると、難しい顔をした長官三人と、西村さんの姿があった。


「なんども言うが、『扶桑』型の二隻は絶対に外さないぞ」


 西村さんが、そう言い切り、ほかの三人は部屋を後にする。


「すまんがこの艦を外すわけには行かないんだ、この二隻は……」


 西村さんはそうぼやくが、廊下に行った三人は違うようだ。


「まったくもって理解できん、なぜあの人は、こんなにもこの艦にこだわるのだ」

「そうだな、こんなおんぼろ欠陥戦艦に、何の利点があるのやら」

「この二隻分の鉄を、他の艦の修理に使った方が有効じゃないのか? それに、燃料だって『大和』に回してやればいいのに」


 そう言って立ち去っていく。


 『扶桑』型戦艦は、速度不足と、異常に大きい艦橋のせいで、欠陥品呼ばわりされ、最後の最後まで実戦に出すのが躊躇われていた。


 妹である『山城』は、戦艦の練習艦として、仕事があったが、『扶桑』については、本当に、何もさせてもらえなかった。





 視線が変わると、そこは大海原で、戦艦の甲板の上だった。


 真ん中の主砲塔の向きを見て、この艦が『扶桑』ではなく、妹の『山城』である事に気付いた。


 姉妹艦のため、もしかして記憶を共有できているのか?


 正直、その辺のことは明石に聞かなくては分からない。


 そんなことを考えていると、コツコツと足音が聞こえた。


「うん、やはり良い艦だ」


 西村さん? 散歩にでも来たのか?


「『山城』、気にしちゃ負けだぞ、何を言われようとも、お前たちにはお前たちの良さがある、もしそれが発揮できないようならそれは俺の責任だ、お前が気に病む必用はない、『扶桑』にも、そう伝えておいてくれ」


 西村さんは、『山城』の一番砲塔にふれながら、呟く。


「俺が司令長官なら……お前を使ってやれたんだけどな」


 西村さんは、航空主兵の時代を理解しながらも、大艦巨砲主義の艦は必要だと考えていた。


 山本さんや古賀さん程、熱烈な航空主兵主義では無かったため、低速戦艦である扶桑型にも活躍の場があると考えていたのだ。


 そんなことを覚えていると、再び、視線が切り替わっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る