第三八話 プライズと大和
「なぜ、お前は立っていられる」
俺の前に立つ彼女の瞳は、驚きに満ちていた。
話し出すと同時に、その瞳を隠すように顔を下へと伏せる。
「今までの人間は私の視線に怖気付き、それに耐えても手なんて差し出さなかった」
プルプルと肩を震わせている、本土で何かあったのだろうか。
「私の記憶まで見せた、真珠湾から沖縄まで全部見せた……日本人が死ぬところも」
そこで、伏せていた顔を上げた。
「なのにお前はなぜ平然と立っていられるのだ、お前には恐怖がないのか? 同胞が死ぬ恐怖が、自らが乗る艦を攻撃される恐怖が」
その目は先ほどまでの覇気はない、そこには疑問を抱く一人の兵器がいた、そんな兵器の質問に、俺は正面から答えてやる。
「怖いぞ、死ぬほど怖い、自身が乗る艦が攻撃されれば心配で怯えるし、仲間が死ねば自身が死ぬより辛い」
「じゃあなぜ! あれを見て怖気つかない⁉ 私は昔ではあるがお前の同胞を大量に殺した兵器だ、真珠湾の報復として無礼な戦いを日本にしていたのだ! 私に怯えないのは分かった、でもなぜ怒りを露わにしないんだ! 私は日本を壊したのだぞ? 大事な同盟国で、手を取り成長していこうと誓った一国であったはずの日本を……」
はあはあと、息を切らして、言葉を止める。
「君は、日本と戦争をしたことを後悔しているのか?」
俺は一つ聞く、その問いに彼女はこう返した。
「当たり前だ、太平洋戦争はアメリカにとっても無用の戦争だったのだ、なのに私たちは、日本を戦争するように煽り、挙句の果てには逆恨みだ」
そうか、彼女はこんなにも戦争を、日本のことを考えていてくれていたのか。
「じゃあ逆に言おう、エンタープライズ、日本を壊してくれてありがとう」
俺はそう言って、彼女の手を取る。
「確かにアメリカは国際法を無視して国民を焼き払い、挙句の果てに二回原子力爆弾を民間人の住む都市部に落とした、それは許されることじゃないし、俺はそれを許すことができない」
それを聞いて、彼女は視線を落とす。
……確かに、日本は過去類を見ない、ひどい仕打ちを受けた。
「でもな、アメリカが日本を全力で叩き、目を覚まさせてくれたから今の日本があるんだ……それに百年前のことで、日本人はアメリカを恨んだりしない」
「ッ!」
俺の一言ですべてが吹っ切れたように目を見開き、彼女は笑い出した。
「ふ、はは、はははははは!」
その顔は大和たちと同じような、一人の女性としての笑顔だった。
「まさかこんななにも不思議な人間がいたとはな! こんなにも、私を真正面から受け止めてくれる指揮官は初めてだ!」
そう言って凛々しい顔立ちの中にある美しさを全面に押し出しながら、俺の手を握り返し。
「私の名前は『ヨークタウン』級航空母艦二番艦、『エンタープライズ』だ、指揮官は私の事をプライズと呼んでくれ」
そうプライズは名乗った。
「いやしかし、まさか本当に私の圧に耐えられる人間がいたとはな」
腕を組み、うんうんとうなずく。
「ユニオンの軍人たちは、皆いつでもお前の姿を見れるのか?」
プライズは、首を横に振る。
「まさか、桜日と同じで声までだ、それにpsを世界で最初に作ったのは桜日だ、それを我々は借りているだけ」
そうだったのか……ん?
「でも、お前の覇気に怯んでいたんだろ?」
俺が聞くと、プライズは手招きして艦橋に導く、俺はそれに従い艦橋に上がっていった。
艦橋に着くなり、プライズは艦長席の近くにあるスイッチを指さす。
「これは、ユニオンで試作段階だがWSの姿を実体化する設備だ、この機械の半径二m以内なら普通の人にも私の姿が見えるのだ」
やっぱアメリカ凄いわ、さすが技術大国、いつも日本の一歩先を行く。
「それで君の艦長は誰になったんだ?」
俺が聞くと、プライズは首をかしげる。
「ん? 私に乗る人たちは皆私を恐れてしまうから、乗組員はいないぞ? 整備員を除くがな」
その言葉を聞いて俺は頭を抱える、乗員がいない? 完全にWSの自立戦闘に任せきっているのか……。
でもやっぱり整備員はいるんだな……まあ自動で補充させるような設備を空母に積んだら、格納庫の半分持っていかれそうだし、それは納得なんだが……。
「マジか……」
「マジだ、言っただろう? 私を皆怖がってしまうから、私から断ったのだ、私を怖がる乗員など必用ない、とな」
さらに俺は頭を抱える、こいつヤベーぞ、自ら人を乗せない選択をするとは……。
「まったく、あの頃の米海軍はたくましかったのに、今の海軍は全く骨がない」
そう言ってプライズは腕を組み、怒りを露わにしている。
そんな姿にはどことなく大和に似た雰囲気を感じ、口をついて言葉が出た。
「……お前、結構可愛いな」
「そうか、私が可愛いか……全く、指揮官は不思議な人だな、しかもその感じ、他のWSにも言っているのだろ?」
俺が口をついて出た言葉に、プライズはそう返した。
そんなにいろんなWSに言ってたかな?
「でもまあ悪い気はしない、存分に言ってくれ!」
何とも不思議なWSだな、さっきまで敵意をむき出しにしていたのに、手のひらを返しこんなにも明るく可愛いのだから……。
まあ、これが本来のプライズなんだろう。
「そうだ! そんな指揮官に頼みがある!」
急に俺の手を握り、目を輝かせる。
「な、なんだ?」
「私の艦長になってくれ!」
……ん? 今とんでもないお願いが聞こえた気がするのだが……。
「えっと、今艦長になってくれって言ったか?」
俺が聞き返すと、プライズはさっきの表情を崩さず俺の手を握っている。
「ああ、そうだ! 私のパートナーに、艦長になってくれ!」
俺は反応に困り、あたふたとしていると。
「ちょっと、まったぁ!」
その声とともに、プライズの甲板に大和が姿を現した。
「大和、ちょと今取り込み中なんだがどうすればいいと思う?」
俺のボケを交えた問いを無視し、大和はプライズを鋭い目で見つめる。
しかし、プライズは先ほど同様俺の手を握ったままだ、心なしか握る力が強くなったように感じる。
「お前が戦艦『大和』か……」
プライズは出会ってすぐの時と同じ顔に戻り、大和を鋭い目で見つめる。
それに合わせて、大和はプライズを睨みつける。
「なあ、一つだけプライズに聞きたかったんだが、いいか?」
大和は少しムスッとした目で俺を見る、対照的にプライズは笑顔に戻る。
切り換え早いなぁ。
「なんだ? 指揮官、言えることならなんでも教えよう!」
あら元気のいいお返事、じゃあ遠慮せず聞いてみよう。
「プライズは、大和のことをどう思っている」
『大和』は、いくら戦っていないとは言え日本の最強戦艦であり象徴だ、そんな艦のことを、今桜日帝国海軍は誇りとして戦っている、もしその艦を嫌うようなら、いくら強力なWSでも、桜日の艦と並んで戦わせることはできない。
「……世界最強であり戦艦の集大成、時代に埋もれてしまった艦だと思っている」
お、これは予想外の答えが返って来たな。
「私の事を皆強いという、しかし私はそうは思わない、私が直接行ったわけではないが大和、お前を沈めたのは、私の次級『エセックス』級だ」
大和の顔が、ピクリと動く。
坊の岬沖の戦いの時、参加したアメリカ側の空母は小型、正規空母合わせ、11隻参加した。
そのうちの二隻が『エセックス』級の空母、しかもその二隻は『ヨークタウン』級である『ヨークタウン』と『ホーネット』の名を引き継いだ艦だった。
「しかし、そんな妹も私も、自身のことを強いとは考えない、艦載機たちがいなければ私たち空母は無力なのだ」
プライズは黙々と話す、それを黙って大和は聞く、少しピリピリとした空気が辺りを包む。
「レイテの時、坊ノ岬の時、米空母は心底恐怖を感じた、先鋭の航空隊の乗員が怯えているのだ、あれだけ空が好きだった飛行機乗りが、航空機に乗ることを拒んでいるんだ……それだけお前たちは私の乗員たちに恐怖心を植えつけた、その時の空母の絶望だけは、絶対に戦艦にはわからない……わかってたまるか」
そう言って、プライズは顔を伏せる。
「本当に強い艦と言うのは、一人で戦うことができる艦、つまり大和のような艦のことを言うのだと私は思っている、全ての攻撃を受け止め、全ての艦を沈めることができる艦、それこそが最強の艦と言えるだろう」
その一言に、大和の顔はほぐれ、口を開く。
「でも、私が航空機に負けたのは事実、どんなにもがいても歴史は変えられない」
その一言に、プライズは顔を上げた。
「私は戦艦、あなたは航空母艦、活躍できる場は似て異なる」
大和はスッと手をプライズの前に差し出す。
「これからよろしくね、プライズ」
そんな大和を見て、プライズは優しい笑みこぼし手を握る。
「ああ、これからよろしく頼む、桜日の空母と連携して大和の空を守って見せよう」
ユニオン代表の艦、桜日代表の艦が手を取り合った。
その光景はまさしく、新たな日米同盟締結の瞬間だった。
「で、指揮官」
プライズはくるりと向き直る。
「ん? どうした」
「話がそれてしまったが、結局私の艦長になってもらえるのだろうか?」
その一言に、再び辺りの空気は凍り付く。
できればなかったことにしたかった……。
「ほう、私の前でよくその話を再開できたね……勇儀は私の長官なんだよ?」
そう言って、俺の襟に着く襟章を指さす。
それに臆さずプライズは続ける。
「しかし大和、私には乗組員がいないのだ、だがそっちにはたくさん乗っているだろう? せめて艦長だけでもいれば十分だ、だから指揮官を私にくれ」
くれってどうなのよプライズ、俺を婿にくれみたいに言わないでくれ……。
大和も俺を渡さんと必死に反論する。
「そもそも、今さっき会ったような人に艦長なんて役職任せていいの?」
まあそれはごもっともだが、その反論はプライズに通用しないと思うぞ~。
「ん? それなら問題ない、私はさっき指揮官を試し見事にそれを乗り越えた、さらに自ら手を差し出してくれた、これだけで十分」
大和は、むぐぐぐと変なうなり声をあげ俺の腕に引っ付く。
あ、こいつ言葉での説得諦めたぞ。
「とにかく、勇儀は渡さないから!」
「ははは」と俺は苦笑い。
全く、可愛い部下を持ったもんだ……そんなことを考えながら、俺はプライズの頭に手を乗せた。
「すまないなプライズ、俺は大和の長官だ、その座を簡単に譲るわけにはいかないんだ」
そう言って、俺はプライズの頭を帽子の上から撫でる、そうするとプライズは少しうっとりとした目つきに変わる。
「ん、わかった、今は指揮官の手の温もりを貰えただけで良しとしよう……しかし私は諦めが悪いのだ、そこは覚悟してくれよ?」
プライズは俺が手を離すと、そう言いながら微笑んだ。
そんなプライズを睨み続ける大和、そしてその間に挟まれる俺、両手に花とでも言いたいが……兵器を花と言っていいものか?
そこからしばらく大和とプライズの睨み合いは、空が俺を探しに来るまで続いた。
まあ、その後空も交えて三つ巴になっていたが……。
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