第8話

 やっと見えてきたのはどこまでも立ちのぼる黒煙と、遅れて火の手があがる建物が数軒。

ジャンボはその一切に目を向けず、ポツポツと歩く人達を必死に見ていた。

怪我人はトロリーバスや三輪タクシーや近くの家の自家用車なんかの協力で搬送され、怪我をおってない人はとっくに避難している。


 ポツポツと歩いている人達は、事故現場から戻っていくように歩いていた。

泣いてる顔を何度か見た。泣き崩れて動かない人の横を通った。

現場に近づくにつれ、人はどんどん増えていく。


 チョコとバニラを探し続けた。

絶対に見逃さないように、目を皿のようにして、人の波を見つめていた。

これ以上は人が多すぎて自転車では走れない。

そんな場所までやっとたどり着いたジャンボは、自転車を適当に捨てて走った。


 みんなここにいる人たちは同じ気持ちだろう。

けれど、その人並みを押しのけて、転んだ人を無視して、子供の泣き声など耳にも入らず、ジャンボは前に走り続けた。

無事だと誰かが答えてくれることをただ期待して。

病院へ搬送されて、ちょっとした包帯なんかを巻いて笑う二人を、何度か頭に浮かべていた。


 安否を知りたかったわけじゃない。

二人は生きていると言って欲しくてジャンボは走っていた。


 そして、ついに人混みの先頭まで来て、事故現場の全容が見えるようになった。

昨日までの姿とあまりに異なって、脳の処理が一瞬遅れる。

地面はえぐれ、建物もえぐれ、火の粉が舞って、炎の向こうに泣き叫ぶ声が聞こえた。

一つだけ分かるのは、これに巻き込まれていたら、確実に死ぬだろうということだけだ。



「すみません」

「通らないで!立ち入り禁止です!危ないから下がって!」



 ジャンボはなんとか警察官に声をかけようとしたが、彼らは必死に、集まった人々を抑え込もうとしていた。

結局、人というのは身勝手だ。自分さえ良ければそれでいい。

警察官の制止を振り切って、ジャンボは信じられない身のこなしで、事故現場の奥へと走っていった。

怒鳴り声だけが彼を追う。

人手があまりに足らず、追いかけられる警察官なんていなかった。


 事故現場を一般人が走るのを見て、救急隊員や消防士が目を丸くして、慌てふためく。

やっとその内の一人が、ジャンボの肩を掴んだ。



「どうして入ってきたんだ!ここも危ないかもしれないんだぞ!」

「息子を探しているんです」



 ジャンボは息切れも見せず、立ち尽くす蝋人形のように、静かに答えた。



「息子……?学校の生徒さんか?」



 思わずたじろぎ、肩を掴んだ人はジャンボの虚ろな目を見た。

もう数人集まってくると、その内の一人が驚き混じりの声を出す。



「俳優の江白さん?」

「はい」



 短いやり取りだ。

この状況でミーハー心がある人もいない。

ジャンボを囲んだ数人は顔を見合わせて、うろたえながら、ゆっくり彼に説明を始めた。



「息子さん、お二人いらっしゃいますよね」

「はい」



 一人が仮設のテントの中に消えてゆく。

こんな用途で使われたのは初めてな市の備品のテントは、事故現場には不釣り合いで、いつ火の手が移ってもおかしくなさそうな頼りなさだった。

実際、テントの屋根に、定期的に水がかけられているのを、ジャンボはなんとなく見上げていた。



「江白さん」



 ハッと正面に視線を戻す。

テントから戻ってきた人は、手になにかを抱えていた。

二人分のなにかを。

よく見知ったなにかを。



「こちら、もしかしたら、息子さんの遺品――――――」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る