最後の一個(夜光虫シリーズ)

レント

第1話

「今日は独身の日!独身の諸君!来たれバオズや!独身の君だけは半額セールだァァァァ!」



突然、バオズやから拡声器を通した大声が響き渡る。

そうでなくても、今日は一日通して慌ただしい。

店という店がなにかしらのセールを行っているのだ。

この怪しいバオズやも、そんな店のひとつだった。



「さらになんとぉ!今日は100名様限定で特別なバオズを用意してるよ!これはタダ!もうバオズやに来るしかないでしょおお!」



こんな調子で、店を開けた瞬間に、バオズや店主は表の賑わいに呼びかけた。

すると人々の目の色がぎらりと変わる。

バオズやの品ぞろえは元々人気商品ばかりだったが、100個限定、しかもタダ。

今日はちょっとくらい遅刻してたっていいか、なんて不真面目な大人も子供も一気に殺到した。


それを見越して、一通りの準備は全て終えてあったのだ。

店を構えてからもう数年もたち、バオズやは今日のみの臨時の手伝いを一人雇っており、客さばきも売れ行きも上々。

何故か猫の被り物をした手伝いも、なんやかんや子供にラリアットされて人気だった。


そうこうしているうちに、用意している分はあっという間に消えて行く。

特別なバオズは、普段は甘味の方はあまり並べないバオズやが、必死になって作った新作の栗を使ったバオズだった。

食べた人の様子を見たいからとあえてタダにして、ドキドキとその様子を見守ったが、店頭で食べる人達はすぐに笑顔に変わっていく。



「もう一個ちょうだい!」

「ダメだよ!一人一個まで!」

「ちぇー!ケチ!」

「今度来た時までに、店に並べられるようにしとくから。そしたらお買い求めくださいませー」



店主はひらりとかわして、奥からまた大量のバオズやら豆乳やらを運んでくる。

臨時の手伝いは主に店内の客の対応と、入れ替わるようにレジを行っていた。

なので、持ち帰りの客は店主が応対していたのだ。


すると、人混みの中に、よく見た顔が走ってくる。

それも潘雲とジャンボ、二人同時に。



「おー、凄いタイミングだね。いらっしゃい」

「あ、ジャンボさん。おはようございます」

「おはようございます。やっぱり、限定バオズですか?」

「そうそう!兄貴には絶対分けてやらないって決めてます」

「独身だけってやつですもんね」



二人は呼吸を整えながら、にこやかに会話していた。

ジャンボは大方、三人で分けて食べるつもりなのだろう。

一人に一個というのをこっそり曲げて、三個包んでやろうかな……なんて、店主が振り返ったのだが、現実はもっとシビアだった。



「あのぉ……ごめん。限定バオズ、あと一個しかないや……」



途端に、朝の爽やかな空気に亀裂が入る。

店主は慌てて言った。



「ま、ま、でも、今後メニューに加える予定はあるからさ。今日のところはちょっとそのぉ……」



どちらかが引いてくれないかな…なんて、店主は二人の顔をキョロキョロみた。

すると、さすが年の功。潘雲が先に声をかけた。



「まぁ、店主さんもこう言ってますしね。今日でなくても手に入る訳ですから…」

「そ、そうですね。半額セールなのには変わりないですしね」

「じゃあ」

「ま」

「「今回は俺が」」



また、互いの笑顔が凍りつく。

店主は頭を抱えた。

もうダメだ。互いに一歩も引こうとなんてしてなかったんだ。

あの目はやる奴の目だ。二人とも。



「あのさ…そのぉ…ね?次回タダにしてあげるよ。二人とも常連だしそのくらいはアリじゃん…?」



店主はなんとか二人を鎮めようと、探るように声をかける。

しかし、二人は笑顔で睨み合いを続けている。



「やーっ、ウチは小さいのが二匹いるんで。限定バオズ楽しみにしてるんですよねぇ。その、俺が食べるとかじゃなくて、二人に食わせてやりたいなぁって気持ちなんですよ」



ああ、ジャンボが攻撃を仕掛けている。ああ。



「それなら一人一個、仲良く食べられる日の方がいいじゃないですかぁ。今日は独身の日、なんですよ?いつもは肩身の狭い独身に、ささやかな幸せがあってもいいと思いますけどね。ましてや、子供もいない寂しい暮らしですしぃ」

「いやぁ、お兄さんと暮らしてて、とても賑やかにされてるじゃないですか。双子ってことは、やっぱり食べたいものも同じでしょ?潘雲さんだけが限定バオズ食べたら喧嘩になりますってぇ。ねぇ?」



やめろジャンボ、こちらを見るな。ほらもう、潘雲までこちらをみてる。



「店主さん的には「独身の日!」っていうのが売りですよねぇ。子供に食べさせるのはまた違いますよねぇ?」

「独身なのには変わりないですし、俺も。甘いお菓子を待ってる子供たちのことを考えたら、引くのが大人ってやつじゃないですかね?」

「いやぁ、ジャンボさんだって、立派な大人ですよ。なんたって子育て中ですもんねぇ。それってもう、独身とはまた違った枠じゃないですかねぇ?」

「またまたぁ、潘雲さんと潘岳さんの、駅での仕事っぷりはよく聞きますよ。お二人共頼れる先輩上司だって噂です。やっぱり大人の渋さってのは滲み出るもんですよね。たかが一つのバオズじゃないですか。子供から奪ったなんて噂になったら、情けなくありませんか?」



よくもまぁ、こんなにも二人とも朝っぱらから喋れるもんだ。

バオズやは半ば呆れてその様子を見ていた。

後日にタダでやるっつってんのに、こんなに大人気ない大人が二人もいていいものか。

だから独身なんだよと喉まででかかったのをなんとか飲み込んだ。

確実に蛇まみれの薮をつつきたくはない。



「まー、その。なんていうか、これはリスペクトなんですがね?ジャンボさん、アクション俳優をされて、自由自在に動き回れるとか。

ちょっと拝見したいなぁなんて思ってたんですよねぇ」

「いえいえそんな。駅での暴力沙汰のトラブルは、双子を呼べって有名じゃないですか。ねぇ?

連城だけでなく、この一帯の人はみんな知ってますよ。けど、お兄さんの暴れっぷりはよく聞きますが、潘雲さんはどうなんですかね?」



二人はまだにこやかに笑っていた。

そして、まるで西部劇の逆バージョン。示し合わせたように二人は互いに歩み寄っていく。

店主はオロオロとその様子を見ていた。

なんやかんや二人とも頑固の塊だ。

もしかしたらひょっとすると、取り返しのつかないことが起きたりなんて。


次の瞬間、店主の思考を遮って、二人は胸ぐらを掴みあった。

まだそれでも笑っているのだ、アイツらは。

もうおしまいだ。店もカンフー映画みたいにバラバラになるんだ。

店主は頭を抱えてへたりこんだ。



「さすが、動きが素早いなぁ。アクション俳優さんは」

「はは。喧嘩っぱやさならピカイチの連城の双子には負けますよ」



そうして、足を踏み込む音。舞う砂埃。潘雲の拳が顔に入り、倒れかけたと見せかけ、ジャンボはくるりと回ってしゃがみ、足元をとった。

回し蹴りで潘雲を転ばせる。

そのままかかと落としを繰り出したが、ジャンボは転がった帽子だけを捉えていた。



「あーもう。服が砂だらけだ」



ゾッとしてジャンボは振り返る。

しかし、潘雲の方が早かった。振り返った腹に重い一撃が放たれる。

それで倒れるジャンボでもない。また身を翻して、身軽に追撃をかわした。

ジリジリと互いの間合いをはかり、二人は睨み合いを続ける。

誰も割って入れない。というか、観戦目的の野次馬が集まり始めていた。


店内の客も揃って窓や戸口に顔を出す。

店主はもう、店の中にさえ入ってこなければいいや…と思考を放棄していた。

なのに。



「ウォラ!!!」



聞きなれない猛々しい声とともに、潘雲がまたジャンボに殴りかかった。

すかさず避けて、転がった先は、悲しきかな。バオズやの戸口だったのだ。

暴走した潘雲は止まらない。ジャンボも似たようなものだ。

戸口や窓の客は逃げ惑い、蹴りを繰り出すジャンボと、なんとか受け流しつつ反撃する潘雲が来店した。



「いらっしゃいませ〜」



臨時の猫野郎は気の抜けた声をかけている。

もうダメだ。今日何回目の「もうダメだ」だろうか。

店内の丸いテーブルは転がり、四角い椅子は飛び、窓ガラスは盛大に割れた。

まるで悪夢のようだ。何が二人をそこまで駆り立てるのかさっぱり分からない。



「独身の日って呼び名が嫌ですよね〜」



そんな呑気なことを言いながら、猫野郎が店主の隣に立つ。

店内はレジから遠いところでメニューやら小瓶やらが舞っている。

よく見ると喧嘩の輪は広がって、暴れてるのは二人だけではない。

臨時の猫頭は笑っている。所詮他人事だ。しかしバオズや店主はそうはいかなかった。



「お前ら……他人の店でなにしてくれとんじゃあ!!!!!!!」



拡声器がいつまでもハウリングするような、大きな音を立てた。

店内外の争いは、バオズや店主の声で、時が止まる。

しかも店主は奥から肉切り包丁を構えてフラフラと歩いてきた。



「お前ら全員……バオズにしてやろうかああああ!!!!!!」



拡声器と肉切り包丁を構えた店主は、まるで悪夢の具現化のように店内のバカを追い立てた。

その様子に潘雲、ジャンボを含む客たちが追い立てられるアリの群れのように逃げていく。



「助けてくれー!」

「ついに店主がヤバい!」

「許さないよ!このバカどもがああ!!!!」



音波と包丁を操って、店主は客を全員追い立てて、外までキエエェエエエェェェエエェエ!!とか叫びながら消えていった。

その様子を見ていた猫人間は、あらまぁとため息を着く。

そして、最後の限定バオズを口にくわえて、裏口から避難した。

これは美味いわ、なんて思いつつ喧騒から逃げて、あっという間に別の通りに行く。


もうとっくに学校に向かっていたチョコとバニラが、その姿を見て笑った。



「バオズくわえた猫だ!」

「猫もバオズ食べるんだなぁ」



野良猫はバオズを前足で抱えてニャーと鳴き、どこかの細道へ消えていった。

帰ったらジャンボに話そうか、なんて二人は平和な道を歩いている。

別の通りでは地獄絵図が再現されていた。

土下座する面々の中心で、店主はまだブチギレている。



「元通りに直すまで、今日は帰さないからね!」



それぞれ仕事やら用事もあっただろうに、みんなしおしおと頷いた。

荒地のようになった店内に戻り、ある者は業者を呼んで、窓ガラスの修理もしばらくして始まった。

ジャンボと潘雲は、まだ目を合わせる度に火花を散らしていたが、店主の肉切り包丁が間に入る。



「お前らなんの具になりたい?」



潘雲もジャンボもいそいそと片付けの輪に加わった。

なぜか今日に限って、こんなにおおごとになるまで頑固になってしまった。

段々と二人の中に後悔と反省が色濃く浮かび上がる。



「あの……ムキになってすんませんでした」



ボソボソとジャンボが謝った。潘雲も顔を逸らしながらまぁ、俺も悪かったなんて、ボソボソ言った。

店の奥ではギラりと肉切り包丁が光る。



「キリキリ働きな!バカ野郎ども!」



なんかそういう仕事の方が向いてるんじゃないか?と思うくらい、堂に入って店主は怖い。

喧嘩の実力というのは運が大きく左右するものだが、ジャンボも潘雲も、なにか力量の近さを互いに感じたのだ。

よく分からない血が騒いだ、という所だろうか。

もうすっかり二人は大人しくなって、店主にこき使われていた。


遠くで野良猫が、新作のバオズをゆったり食べる。



「うめー。これは買いだわ」



朝もすぎて昼も近い太陽の下で昼寝する。

野良猫の特権だ。あの騒ぎじゃ戻っても商売どころではないだろう。ボケっと塀の上であくびをする。



「猫バオズも売れるかもね……」



背後になにか、恐ろしい気配を感じた。

わりぃ、俺、死んだ。野良猫は片付け要員として連れ去られる。

情けない猫の鳴き声だけが響いた。



終わり

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