act.11


 義妹「あ、あぁー……」


  本番前夜。

  ゲネになっても客席まで声が届かなかった妹は誰にも知られないよう、こっそり本番の舞台で練習していた。


 主役「──お、自主練か?」

 義妹「ひゃっ……」

 主役「あ、別に驚かすつもりはなかったんだけど、ごめんな」

 義妹「いえ……」

 主役「忘れ物取ったらすぐに帰るから。ほとんどみんな帰ったし夜も遅いから、愛ちゃんも早く帰るんだよ」

 義妹「特訓。私は、もう少し練習します」

 主役「そうか。まぁ先輩は楽屋で会議してるし、それ終わったら一緒に帰りなよ。……愛ちゃん、もしかしてさ、今日のゲネのこと気にしてるのか?」

 義妹「責任……私以外、完璧で、ミスもなかったし、演技も上手で。私はいつまでたっても声が出ないし、下手で……。このままじゃ兄さんに迷惑かけちゃう」

 主役「兄さん大好きだな」

 義妹「秘密……真中先輩、私が自主練していることは兄さんには内緒にしてください。兄さんに言ったら絶対心配して手伝ってくれるから。今日まで舞監で疲れているのにこれ以上迷惑をかけたくない。だから、よろしくお願いします」

 主役「それはできないな」

 義妹「え……?」

 主役「俺、どうでもいいことまですぐ喋っちゃうからさ、その秘密も喋る」

 義妹「困惑」

 主役「だから俺にも手伝わせてよ、その練習。俺こう見えても主役だし、演技もまぁ自慢じゃないけど上手い方だし」

 義妹「傲慢」

 主役「えぇ⁉︎」

 義妹「けど、いいんですか……?」

 主役「おう。俺は愛ちゃんの先輩なんだから、助けるのは当然だろ?」

 義妹「……よろしくお願いします」

 主役「じゃあ、やっぱり声を出すことかな。それだけできれば十分だ」

 義妹「でも、私演技も……」

 主役「一歩ずつでいいんだよ、上手くなるなんてさ。最初から上手くなくていいんだ。むしろ、上手い下手とかどうでもよくて、相手に本気でやってることが伝わればいいんだよ」

 義妹「本気で」

 主役「とりあえず大きな声出せば伝わるさ。愛ちゃんは、誰に伝えたい? 私は本気でやってるんだって」

 義妹「……兄さん」

 主役「やっぱりね。じゃあお兄さんのことを思って、叫んでみようか。えーっと、最初のセリフさえ声出れば後はそれに続くから……最初は『いらっしゃいませ』だっけ。よーし、言ってみよ」

 義妹「いら……」

 主役「大丈夫、もっといけるよ」

 義妹「い……いらっしゃいませっっ‼︎」

 主役「おー、声出たじゃーん!」

 義妹「……騒音。やり過ぎな気がしますけどいいでしょうか」

 主役「やり過ぎくらいがちょうどいいんだよ。……あ、やべ。俺そろそろ帰らないと終電が。家遠いからさ」

 義妹「御礼」

 主役「いいよいいよ。じゃあね。家近いからって、遅くまでここにいるのは良くないよ。危ないから」

 義妹「感謝。ありがとうございます。……あ、あの」

 主役「ん?」

 義妹「今日。ゲネにOGの方が来てくれたじゃないですか」

 主役「あー、縁下えんのした先輩のお姉さんだろ」

 義妹「その方が差し入れで持ってきてくださったケーキが、まだ私の分が残ってるのでよかったら食べてください」

 主役「え、いいの? 食べなくて」

 義妹「苦手。私、実は洋菓子が得意じゃない、お礼の気持ちを込めてということで……」

 主役「そっか。じゃあありがたく頂くよ。冷蔵庫の中に入ってるの?」

 義妹「はい、多分あと一つだから、箱ごと持って帰って大丈夫だと思います」

 主役「おっけ、ありがと。じゃ、おつかれ」



   ◇ ◇ ◇



 義妹「私……真中先輩にお礼であげたのが、小道具のケーキで。もしかしたらそれを食べて……」

 先輩「そんなわけないだろ」

 花形「そうだよ。小道具が冷蔵庫に入ってるわけないし……」

 破壊「あ」


  破壊神の(なんかやっちまったかも)みたいな発音に、みんな一斉に注目する。


 破壊「あ、いやー、小道具のリアリティ出すために箱とかに入れて冷やしてたわ」

 百合「元あったケーキは?」

 破壊「え、余ってたから食べた」

 嫌味「それってつまり、元凶は君のせいじゃないか!」

 破壊「アハハー、……マジごめん」


 先輩「だそうだ。だから愛のせいじゃない。あいつのせい」

 破壊「ごめん、マジでごめん。ケーキ勝手に食べて」

 嫌味「そっちじゃない」


 義妹「でも、私があんなこと言わなければ」

 花形「そんなことないよ愛ちゃん」

 義妹「慰めないでください。あなたに私の何が分かるんですか!」

 花形「分かるよ」

 義妹「虚偽」

 花形「嘘じゃない。分かってないのは愛ちゃんだよ。私たちはずっと愛ちゃんのことを見てるよ。愛ちゃんが練習頑張っていること。休日も返上して、衣装を作ってくれたこと」

 義妹「そんな、見ただけのこと言われたって、私の心は本当は分からないくせに」

 花形「だったら、思っていること全部ぶつけてよ。愛ちゃんのこと、もっと分かりたいから想いを口にしてよ」

 義妹「……私は、あっ、うっ……」

 先輩「自分から話すのが苦手だから熟語で一回自分の気持ちを総括してるだろ。いつもの言い方でいいよ」

 義妹「……続行。舞台、まだ続けたい。このまま終わりたくない……!」

 部長「じゃあ続けよう! よぉし、やるぞ!」

 先輩「分かった。どうやって進めるか」

 嫌味「え、さっきまで辞める流れだったじゃん」

 百合「凄くいい話」

 破壊「青春だなぁ」

 嫌味「はぁ?」


 後輩「……よし、よぉぉし! 復活です! 同期が頑張るんだもん。わたしも頑張る、もう大丈夫です、頑張ります‼︎」

 厨二「復活の不死鳥フェニックス!」

 百合「リラちゃんー、なでなでしてあげる〜」

 後輩「ありがたく受け取ります!」

 破壊「よっしゃ、アタシもやるか!」


 嫌味「いや待て待て、落ち着いてよ。何盛り上がってるの? 真中がいないんだよ。どう頑張っても進まないの、分かってる?」


  そこに都合良くグループチャットの通知音。


 先輩「真中があと10分あれば来れるらしい」

 嫌味「来れるのかよ……」

 部長「10分か……。さすがにずっとウサギが踊ってるだけだったらお客さんは飽きるからな」

 花形「すごく盛り上がってるみたいですけど……⁉︎」


  ウサギのキグルミが踊りに客席は狂喜乱舞していた。


 モブ「部長、結城、僕らなら出来るよ。行こう」

 部長「そうだな。行くか」

 先輩「10分か。俺らで持つのか?」

 部長「大丈夫だ。後輩たちがこんなにも本気になってるんだ。俺らでやって次に繋げる!」

 先輩「お前はいつも強引なんだよ。まぁ、いいけどさ。どうなっても知らないからな」

 部長「任せろ。俺は部長だ。お前らが裏から支えてくれるように俺は表で責任を取るのが仕事だ」


 花形「愛ちゃんのことは私が見てます」

 後輩「じゃあ、わたしは出番がないですし、真中先輩の様子見てきます!」

 先輩「ああ、それぞれ頼んだぞ」



  三年陣は舞台上へと出て行く。

  後輩は真中の様子を見に行くためにトイレへと向かった。


 百合「先輩たち、どうするつもりなんだろ」

 嫌味「なに、この空気感。いまさらどう足掻いたって無駄なのに。結局この公演、」

 破壊「諦めんなよ!」

 嫌味「いや、君も公演中止に賛同してたよね」

 厨二「移りゆく多数派マジョリティ

 百合「愛ちゃんがやるって言ってんの。じゃあやるでしょ」

 破壊「青春に水刺すんじゃねぇ。歯食いしばれ」

 嫌味「理不尽だ!」


  ウサギのキグルミがハケ口からの視線を察して、部長と入れ替わりにハケていく。

  帽子屋の部長、トランプ兵のモブ、そして制服姿の先輩の三人で物語を修正──いや新たに創り出していく。


 部長「──やぁやぁ、僕のお茶会に君も来てくれたのかーい。めでたいね、今日は本当にめでたい日だ!」

 モブ「ここに女が来たはずだ。どこに行った」

 部長「女、はて、なんのことだろ」

 モブ「噂はかねがね聞いている。お前は度々現世の人間を招いてはお茶会を開いてるとな。繋がりがないわけなかろう」

 部長「そうなのか。だってさ、先輩くん」


  先輩が遅れて現れる。その表情は遊園地で見せたのとは違い、うつろであった。


 モブ「いるじゃないか」

 先輩「アリスは……有栖川カンナはこの世界を知ってしまった」

 モブ「何を言っている」

 先輩「君たちの存在を揺るがしてしまう真実……この世界が作られた物語であることに気付いてしまったんだ」

 モブ「は?」

 先輩「ここまでの有栖のあらすじを紹介しよう。舞台はとある遊園地。憧れの先輩と一緒に遊園地に遊びに来た有栖は、不思議なウサギのキグルミを追いかけていつのまにか摩訶不思議な場所へと連れていかれた。そこは見るも不思議なワンダーランド。しかし、そこは逃げることができないアンダーランド。先輩とはぐれ、脅威や恐怖から逃げ続けるヒロイン。でも、ある一人の王子様にたびたび助けてもらっていた。その王子様とは」

 モブ「誰なんだそれは」

 先輩「ここから先を知る覚悟があるか。これから目にする結末を自分の目で見届ける覚悟があるか」

 部長「どういうことなんだ、早く教えてくれ……!」

 先輩「ここまでは、全部裏の世界の表での話。本当の物語は表の世界の裏で起こっている。何故彼女の周りのみでトラブルばっかり起こっている。それは彼女の周りでしか物語が進まないからだ」

 モブ「いまだに何も分からないぞ。適当なことを言っているんじゃないだろうな」

 先輩「この舞台を作ったのは有栖川カンナ。彼女だ。この世界の物語は全て彼女の頭の中で作られた。現在の我々も進行上、そうさせられている一部にしか過ぎない。最初から最後まで──」



 百合「あれ、全部アドリブよね」

 厨二「物語の創造主……!」

 破壊「これできんなら脚本家いらねぇな」

 着包(ガーン‼︎)

 嫌味「飛んだシーンを全て回収して作り替える気か。んな無茶な」

 百合「確かに強引かも。でもさ、辻褄なんて関係ない。今、あの三人で世界を作ってるんだ。お客さんみんな釘付けだもん」

 嫌味「まぁ……確かにストーリーを理解するというよりかはその場その場を楽しむってのが多いから、満足させるだけならあり得なくもないけどさ」

 破壊「はぇー、経験ってやっぱり違うんだな。アタシもああなれんのかな」

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