act.8


 花形「この森……真っ暗で何も見えない。王子様は……死んだし」


 嫌味「おい、死んだことになったぞ」


 花形「私どうすればいいんだろう……」

 後輩「ニャー! チェシャ猫だニャー!」



 百合・破壊「「やっぱ、かわいいなぁ」」

 百合「もう悪い空気がマイナスイオンに変わった気がするわ〜」

 厨二「紫紺しこんの天使……!」



 花形「ちぇ、チェシャ猫⁉︎ あなた、また現れたわね⁉︎」

 後輩「チェシャ猫だにゃ。後にも先にもチェシャ猫で、これからも今までもチェシャ猫にゃ。逆の逆からよんでもチェシャ猫にゃ。って何で知ってる?」

 花形「いやさっきも会って」

 後輩「会ってない会ってない。初対面初対面」

 花形「会ったって」

 後輩「怒るな怒るなー」

 花形「怒ってない……けど、いや、そんなことはいいの……チェシャ猫、私今追われてて、遠くへ逃げたいの。でも、どうしたらいいか分からなくて」

 後輩「ニャー、ならあっちに向かえばいいにゃー」


  後輩ちゃんが演じるチェシャ猫はあちらこちらに指を差した。


 花形「え、どっち?」

 後輩「君が心から願う道をゆけばいい。君が祝福されるのニャ心の底から」

 花形「はぁ……」


  そして、後輩にゃん、あ、後輩ちゃんは舞台を下りた。



 百合「やった、上手く話進んだわね」

 嫌味「そうかな?」

 破壊「とりあえず次のシーン行けただろ。ほら、うちの同期ならできただろ?」

 嫌味「説明不足で客にはさっぱりだろ。それに、本番はここからだ」



 部長「お誕生日おめでとう!」

 花形「え?」

 部長「お誕生日おめでとう! ささっ、ケーキのろうそくを消して」

 花形「いや、え?」

 部長「早く早く」

 花形「あ、ふー」


  ろうそくに模したペンライトの明かりを部長自ら消す。


 部長「ふー! いやー、おめでとう! ささっ、ろうそくも消えたから明かりをつけて……いや、ここは暗い森、光が灯るわけないか」


 嫌味「どうにか無理くりで明かりなしの言い訳したけど、ちょっと無理あるだろ」

 破壊「このシーン終わったらどうすんの?」

 先輩「分からない」

 破壊「ゲッ」

 先輩「なんだゲッて」

 破壊「いやー、さっきまでの聞かれてたのかなーって」

 百合「もうそういうことは言っちゃダメでしょ!」

 厨二「約束された旗幟きし!」

 先輩「ハケ裏では静かにしろ。丸聞こえだぞ」

 百合「すいません」

 嫌味「で、先輩は去年みたいに舞台を止めないんすか?」

 百合「空気読めクズ!」

 破壊「ついでにドーン」

 厨二「暗黒波動拳あんこくはどうけん!」

 嫌味「仕返しが多すぎる‼︎」


  百合、ついでに破壊神と厨二病もイヤミを叩く。


 先輩「このシーンが終わるまでに照明が戻らなければ公演中止……いや、作業灯を付ける。世界観は崩壊するが真っ暗よりかはマシだろ」

 義妹「無理。もう辞めた方がいいよ。何で止めないの?」

 先輩「そう簡単にとめられない。三か月みんなでやってきたんだから」

 義妹「去年。気にしてる」

 先輩「……そりゃな」


  兄の後ろ姿につられるように、妹も俯き鼻をすすった。



 部長「僕は帽子屋。君は」

 花形「え、あ、私は」

 部長「今日の主役だー! 席に座ってー」

 花形「えっと、その」

 部長「黙って座ってる。他の人の迷惑になるだろう。ささ、ここには誕生日ケーキがある」

 花形「別に私誕生日じゃ……」

 部長「美味しそうだろ?」

 花形「……私のは皿だけなんですけど」

 部長「おっと……誰か食べたのかなぁ」



 破壊「美味しいぞー」

 嫌味「ぐふっ……君が食べたか」

 破壊「さすがに食べれねーし。小道具班みんなで秘密裏に作ったレプリカケーキだからな。匂いとか食感までこだわり過ぎて、昨日の夜やっとできて、冷蔵庫入れたんだから〜」

 義妹「……え⁉︎」

 先輩「どうした?」

 義妹「ううん、なんでもない」

 嫌味「別に秘密裏にする必要あるか?」

 破壊「秘密で作った方が青春っぽいだろー」

 嫌味「あ、そう。僕、小道具班なのに呼ばれてないんだけど」



  暗転の中、進む物語。

  それはまさしく光の届かない夜の森を宛先もなく歩くのに等しい。

  だから……僕もなんとかしないとだよね。


  ヨイショっと。


 やぁ、ここまで観劇してくれてありがとう。

 もちろん、これを読んでくれてる君に話しかけているよ。

 ウサギのキグルミ役兼、この演劇の脚本を書いた長田永劫ながた えいごうです。

 今、無事に公演の中間地点になったことをお知らせするよ。って、無事ではないか。


 さて、表の公演では、ヒロインが帽子屋演じる部長とパーティーをして色々な情報を得たり、これからどうするべきか決める大事なシーンではあるんだけど、特に面白くないから割愛するね。

 一生懸命書いたけど仕方ないよね。


 それよりもハケ裏が大変だよね。

 主役はまたトイレ行って帰ってこないし、照明も付かない、小道具衣装は壊れる。何より役者のモチベーションが最悪だよね。

 だからこそ、ここは僕がみんなを元気付けよう! みんなのためを思って行動するぞー。


 着包(みんな、残り半分だよ。一緒に頑張っていこうね!)


  しかし、誰も反応してくれない。


 あれ、声が聞こえないのかな。

 やっぱり声がこもるのかな……え? 僕たちには聞こえるって? 今のこの状態は妄想の中の僕だから。現実では声が届かないみたい。

 えぇ? その頭取ればいいって? 

 あはは、何故かね、取れないんだ。

 そうだ! 破壊神に固定してもらったわけだし、力が強いから取ってもらえるよね!


 着包(取って取ってー)

 破壊「あ?」


  アッパー!

  キグルミ──僕はこうして倒れたのであった。


 破壊「こうでいいのか?」

 嫌味「何やってんの⁉︎」

 破壊「いやなんか顎殴ってジェスチャーするから」

 嫌味「はぁ?」

 破壊「にしても面白くないな、この話って。こんなの何ステも同じことするの飽きるんだけど」

 嫌味「よく脚本の前で言えたな」

 破壊「死んでるから大丈夫だ」

 嫌味「やっぱり死んでるのか⁉︎」

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