act.6


 破壊「──処刑。処刑。あなたも処刑。みーんな処刑。ここにいる全員が処刑だよ。なぜかって? それはアタシが決めたから!」


  破壊神の役はハートの女王様。悪逆非道な身勝手な役柄である。


 花形「ここは……裁判所?」

 破壊「ん? ん? ん? オマエは誰だい? どこから入った。ひとまずこいつをひっ捕らえよ」

 花形「まだ何もしてないのに捕まえるんですか⁉︎」

 破壊「言質とったよ。これから何かするってね」

 皆々「「とったとったー」」

 花形「あなたは一体何様のつもりですか?」

 破壊「アタシを何様と知らないとは、無礼なガキだね! アタシはここの王女、ハートの女王。オマエたちみたいなガキがワタシの国で這いずり回っちゃいけないんだよ!」

 花形「たち……たちってどういうこと?」

 破壊「はて、オマエと同じような恰好をした男がいたような、いなかったようなねぇ、フフフ」

 花形「もしかして先輩もここに……? 何かあなたは知ってるんですか⁉︎」

 破壊「……」

 花形「……答えてください!」

 破壊「……」

 花形「答えてください!」

 破壊「……」

 花形「こ、答えて!」


 破壊「やば、セリフ忘れた」


  破壊神は先ほど自ら空けた穴から舞台裏に向かって顔を出し、待機している役者に助けを求めた……!、


 先輩「何やってんだよ……!」

 破壊「いや、だって直前でアドリブ入れてとか言うからさ、どしよっかなーってなったらセリフ飛ぶに決まってんじゃんか」

 先輩「まだそのアドリブの領域に入ってなかっただろ」

 破壊「やばいやばい、台本なかったけその辺」

 後輩「あ、ありますよ!」

 破壊「おーナイスナイス。えーと、なになに『先輩、先輩はどこですか!』」


 花形「そ、そうです。それを聞いてるんです!」


 破壊「アタシのセリフじゃねーわ、これ」

 先輩「一気にセリフ飛んでるぞ。あとケツを客に向けたままにすんな」

 破壊「あー大丈夫大丈夫。思い出してきた思い出してきた。よしいける」


  破壊神は顔を引っ込めた。


 破壊神「さぁ、裁判を始めるよ! 裁判長はこのアタシ。被疑者はオマエ。罪状は──えー」

 後輩「“アタシの国でウロチョロ這いまわった罪”!」

 破壊「“アタシの国でウロチョロ這いまわった罪”だよ! さぁオマエタチ、アイツを拘束しろ!」

 花形「離して!」

 嫌味「今から裁判を始める。罪状は“ワタシの国でウロチョロ這いまわった罪”」

 モブ「アイツはハートの女王様の国で過去から現在までウロチョロ這いまわり、未来もウロチョロ這いまわるのです」

 百合「そして、なんと、この上なく! ……なんとですね、全くを持って! セリフ思い出せないー!」


  百合も穴から顔を出して、助けを求めた。


 先輩「お前もか……」

 厨二「忘却の連鎖……!」

 後輩「えーっと……! あ、『ハートの女王様の機嫌を損ねた』です!」

 百合「ありがとー、後ですりすりね」

 後輩「……遠慮しときます!」


 百合「ハートの女王様の機嫌を損ねた」

 義妹「よって判決は下るのです!!」


  舞台裏までしっかり届く妹の声に、先輩は少しだけ感動していた。


 後輩「あれ、先輩泣いてます?」

 先輩「妹の成長に感心していただけだ」

 厨二「美しき兄妹の絆……!」

 先輩「うるさい。お前もセリフヤバいだろ。ちゃんと覚え直せ」

 厨二「主の命を聞き受けた……!」



 破壊「そう死刑! 死刑だよ!」


  舞台が進む中、妹も穴から顔を出してきた。


 先輩「愛、どうした?」

 義妹「真似。私も……出してみたかった」

 先輩「そうか。可愛いな」


  満足した妹は顔引っ込めた。


 後輩「先輩ー! セリフ飛んでるからもう王子様の出番ですよー⁉︎ どうするんですか⁉︎」

 破壊「任せろライバル。アタシに任せろ」

 先輩「また、出てきたのか……」

 後輩「どうするの?」

 破壊「そりゃアドリブ飛ばしまくるんだよ。それで時間を延ばす。真中来たら合図してくれよ」

 後輩「うん、分かった!」

 破壊「よっしゃ。じゃあ、ん、取れない」

 後輩「え」

 破壊「いやさっき取れたのに──はっ、アタシこの瞬間で太ったのか? 焼きそばのせいか、これからアタシのダイエット編が始まるんだな! おいそれもまた青春だな、これ」

 先輩「早く戻れよお前」

 後輩「手伝うよ」

 厨二「三重奏トリオ救済リリーフ

 破壊「手伝って手伝って」


  先輩たちが破壊神の首を穴から引っこ抜こうとパネルを押したり引っ張ったりしていると──バキッ⁉︎──とパネルの音が鳴る。

  さっきより二回りも穴が大きくなり、取れたパネルの破片は破壊神の首回りに付いたままとなった。


 先輩・後輩「ああああ⁉︎」

 厨二「境界の隷属……‼︎」

 破壊「んー行ってくる!」

 後輩「えー大丈夫かなー⁉︎」


 破壊「…………」


 先輩「大丈夫じゃないな」

 後輩「先輩ー! セリフもパネルも飛んでる上にもう王子様の出番ですよー⁉︎ どうするんですか⁉︎」

 先輩「どうするもなにも。そうだな……このまま無言が一分続くようなら止める」

 後輩「一分ですね、分かりました! いーち、にぃー、さーん、よーん、先輩って四をよんって呼ぶ派ですか? しー派ですか?」

 先輩「今はどうだっていいだろ。しーだ」

 後輩「わたしと違うんですね。ちなみに七はなな派です」


 主役「お待たせました。先輩、今何ページですか」

 後輩「真中先輩!」

 厨二「物語の主役!」

 先輩「今は飛んで24にじゅうよんページだ」

 後輩「よん派じゃないですか」

 主役「ちょうど僕の出番ですね」

 先輩「帰ってくるのが遅いんだよ。てかどこにも行くなよ、お前主役だろ」

 主役「主役は遅れてやって来る、でしょ? 先輩」

 先輩「クソほど迷惑だろ」

 主役「クソとか言わないで! 思い出すよ、ここで続きしちゃうよ⁉︎」

 先輩「分かったから早く行ってこい」


  主役はようやく舞台へと上った。


 先輩「ふぅ、なんとかなったか……で、お前はいつまで寝てんだ」

 部長「ふごっ! いやー昨日寝不足でねー」

 後輩「いい夢見れました?」

 部長「ああ。公演が成功する夢だ! みんなでキャンプファイヤーだ!」

 先輩「あ、そう」

 後輩「部長はよん派ですか? しー派ですか?」



 破壊「死刑だ! とにかく今すぐ死刑だ! 死刑死刑‼︎ しーけーい‼︎」

 主役「お待ちください女王様!」

 破壊「おぉ、真中帰ってきて──」

 嫌味「王子様じゃないですか‼︎ どうしてわざわざ裁判所へ⁉︎ ……君、素になるなよ……!」

 破壊「ごめんって」

 主役「彼女の言い分を何一つ聞いていない。死刑とするのはおかしいです」



 後輩「やっぱり真中先輩演技上手くて華やかですよね! さっきまでトイレ篭ってたとは思えないです」

 先輩「まぁ、なんだかんだでうちの看板俳優だしな」

 部長「だから大丈夫だと言っただろ!」

 厨二「傷を抱えた王子プリンス……!」



 破壊「たとえアタシの愛息子だとしても、判決は覆られないよ。何故ならここはアタシの王国、アタシが絶対だ。これ以上反抗するならオマエも死刑にするよ」

 主役「では、そうしてみますか?」

 破壊「なに? ええい、今アタシを腹立たせたな!オマエたち! アイツも捕まえろ!」

 花形「あなたは……?」

 主役「説明は後。まずは、ここから共に逃げましょう」


  ようやくまともに始まる逃亡のパフォーマンス……!

  しかし、小さなミスの積み重ねが舞台に不具合をもたらしていた。


 破壊「おわっ⁉︎」

 嫌味「ぎゃ⁉︎」


  開始早々、破壊神が焼きそばを踏んで滑ってしまい、持っていたハートの杖でイヤミを刺した。

  モブがすぐさま木材と焼きそばを回収する。すると、しゃがんだことに気付いていない百合がそのまま突っ込んで行き、こけたことで持っていた槍を壊す。モブの助けもあってすぐに起き上がるが、これまた妹が百合の衣装を踏んだ状態であり、そのまま引きちぎってしまう。

  パフォーマンス終了時にはヒロインと主役以外、舞台裏へとハケて行くが……複数の問題を増やして帰ってきたのだった。


 百合「衣装破れた〜」

 嫌味「刺された……」

 百合「小道具も壊れた〜」

 破壊「やってもた」

 嫌味「何で君はそんなにボロボロなんだ!」


  謎に破壊神の衣装があちこち引きちぎれ、髪がグシャグシャに、顔には煤が付いていた。なぜ。


 嫌味「クソッ、腹に鋭利なもん刺しやがって、絶対にわざとだよね⁉︎」

 破壊「ちげーって。落ちてた焼きそば踏んで転んだんだよ。ったく、アタシのご飯潰れたぞ」

 嫌味「さっき飛ばした焼きそばか……!」

 破壊「アタシの焼きそばが……アタシの青春なんだぞ、どうしてくれんだよ!」

 嫌味「それなら大切にしなよ。って、は、ちょ……!」


  破壊神は悔しさのあまりパネルに拳をぶつけると、それは根本から舞台上へ倒れる……!


 主役「ぐわぁぁあ!」


  響き渡る断末魔。


 花形「まな……王子様⁉︎」


 破壊・嫌味「あー……えへーあはー」


  倒れたパネル部分が、客席から舞台裏まで丸見えとなってしまった。見えてしまった待機中の役者は各々誤魔化す、その状態でも続く舞台。


 花形「あ、あなたは、息子も殺すんですか⁉︎」

 破壊「そ、そうだよ! いやー、執行しちゃったなー」


  ──暗転


 厨二「うわぁぁぁぁぁあ⁉︎⁉︎」

 花形「って、今度は何⁉︎」



 音響「──どうしたの?」

 照明「先輩……と、灯体が……照明が付きません!」

 音響「わーヤバいね」

 照明「ど、どどどどどうしましょっ⁉︎」

 音響「こういう時は落ち着くんだよ。はい、息吸ってー」

 照明「ヒョォォォ」

 音響「よし」

 照明「オロロロロ……」

 音響「新人くん〜応援してるよ〜頑張れ〜」


  今回初めてオペを担当した照明オペは気絶して後ろに倒れてしまった。そんな後輩のことをベテランの音響オペはペンライトで応援するだけであった。

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