act.4


 花形「……う、うぅ……ここは、部屋の中? さっきまで外にいたのに」


  再び明るくなった舞台上では、ヒロイン一人でシーンが続いている。


 厨二「ふっふっふっ……闇より舞い戻りし堕天使……!」

 嫌味「で、主役様はいつ帰ってくるわけ?」

 部長「うーむ、そろそろだと思うんだがなー」

 先輩「結局、さっき王子が一瞬出るシーンも止むを得ず飛ばしたから、変な間が生まれたな。お前らが争ってるせいで月部が出られなかったってのもあるが」

 嫌味「あいつが悪いね」

 百合「はぁ? ほんとヤな奴」

 嫌味「ヤな奴で結構」

 先輩「うるさい。しかし、主役もそろそろいてくれないと困るな。そもそも物語がだいぶ破綻してきたし」

 嫌味「ダメなら舞台止めるんじゃなかったのー?」

 先輩「……まだ、主役の次の出番までには時間があるだろ。ここまで来たら止めないさ」

 嫌味「あ、そ」

 先輩「誰かあいつにもう一度電話を繋いでくれないか?」

 義妹「予知。兄さんがそう言うと思って電話かけたよ」

 先輩「ありがとう」


  妹のスマホを使って主役に電話かける。

  表ではヒロインがクッキーを食べて苦しんでいた。


 先輩「おい、お前いつまで──」

 主役『邪魔するなぁ‼︎ いま、いま俺は、自分自身と戦ってるんだよぉ!』


  ブチッ


 先輩「もう二度と帰ってこないと思った方がいい」

 部長「わかった!」


 百合「もうすぐリラちゃんの出番ね」

 破壊「お、マジか。さてさて見させてもらいますか」



 花形「……カハッ、え、椅子が、部屋が大きくなった⁉︎ いや、身体が小さくなった……⁉︎ どういうこと⁉︎」

 後輩「ニャハハハ」

 花形「誰かいるの⁉︎」

 後輩「ニャー! ワタシはチェシャ猫だニャー!」



 皆々「「「かわいい」」」

 部長「色々と大変な目に遭ってるが、癒されるなこれは!」

 百合「ティッシュー」


  そう、後輩ちゃんの役柄はチェシャ猫だったのだ。

  モフモフとした紫縞模様の衣装にチャームポイントの猫耳。純粋の塊たる後輩ちゃんが演じれば、怪しいチェシャ猫から可愛い猫耳ガールと変貌する。どこかのコンカフェにいたような気がする。


 花形「あ、あなたは?」

 後輩「チェシャ猫だにゃ。後にも先にもチェシャ猫で、これからも今までもチェシャ猫にゃ。逆の逆からよんでもチェシャ猫にゃ」

 花形「はぁ……えっと、私、その、出口を探してて、そもそもここはどこですか? さっきまで遊園地にいたはずなのに。いつの間にか知らない部屋にいて、先輩もいないし、身体も小さくなっちゃって……!」

 後輩「怒るな怒るなー。怒ったって何も変わらないよー」

 花形「べ、別に怒ってないですけど」



 百合「やっぱり可愛いなぁ。わたしの癒したち。鼻血、とまんな」

 破壊「やっぱりやるなー。アタシのライバル」

 嫌味「は、どの辺がライバル」

 破壊「似てるだろ。真っ直ぐさ」

 嫌味「どこが」

 破壊「ライバルってさ、青春だろ?」



 後輩「──君がどうすればいいのか教えてあげてもいいけどー」

 花形「どうしたらいいんですか?」

 後輩「この世界では、思ったことを口にするもんだニャ」



 義妹「……」

 先輩「どうした?」

 義妹「多少。ちょっとだけ──」

 部長「にしても暑いな! 温度高くないか?」

 先輩「そうか? お前が暑苦しいだけだろ」

 部長「一理しかない。でも一度くらい下げてほしいな」

 先輩「まぁ、連絡ぐらいしておくけど」

 部長「ありがとう! 結城同輩!」

 先輩「うるさい」

 義妹「……」


  先輩はグループチャットに連絡した。

  会場内の温度管理というのもスタッフの仕事だ。観客が「暑い」「寒い」などと思って舞台に集中できないことを防ぐため。もちろん役者やオペ陣も同様に演劇に集中してもらうために、0.1度まで室温にこだわりぬく。

  それが──「「我らの仕事‼︎」」


 制作(審)「温度連絡入りましたー!」

 制作(暑・寒)「「どっちだ⁉︎」」

 制作(審)「今回は……温度を下げる!」

 制作(暑)「くそっ!」

 制作(寒)「なら、僕の出番だね。いくよ──『あれ、このエアコン調子悪くないか?』『エアー、コンディションが良くないんだよー』」


 制作(審)「もう一回行こう」

 制作(寒)「なんだと……⁉︎」

 制作(暑)「ふん! どうしたどうしたぁ! そんなもんかぁ‼︎」

 制作(寒)「なんだと……僕を怒らせたね……クゥラァ‼︎」


 制作(審)「寒い! 見事にスベりましたー、温度下がりましたー!」

 制作(暑・寒)「「おりゃー‼︎」」




 先輩「──なんか騒がしいな。外か? んで、ゴメン。なんか言おうとしてたか?」

 義妹「……緊張。もうすぐ出番だからちょっと緊張しただけ」

 先輩「そうか、まぁさっきは声出てたし今日は調子がいいんじゃないか? 頑張れよ」

 義妹「うん」


 嫌味「そろそろ出番か」

 破壊「え、もぅ?」

 嫌味「そう……だけど、ちょっと待て。何食べてんの?」

 破壊「焼きそば」

 嫌味「それは見れば分かるんだよ。何で焼きそばを食べてるんだ。もうすぐ出番だろ」

 破壊「昼飯食べてないんだよ。いいじゃんか、ウサギがアタシのとこに持ってきてくれたんだよ」

 嫌味「邪魔だったからハケさせたんだ。ったく、そもそも食べ物を持ち込むなよ」

 破壊「うるせぇなぁ。ハケ裏なんだから黙っとけよ」

 嫌味「僕先輩ね? いいから焼きそば食うのやめろ」

 破壊「ヤダ」

 嫌味「やめろ」

 破壊「食べる」

 嫌味「食べるな」

 破壊「食べるから」

 嫌味「ダメだから」

 破壊「少しだけだから」

 嫌味「いいから食べるな」

 破壊「うるせぇ! 少しぐらい食べたっていいだろ! 焼きそばはアタシの青春だろうがぁ!」

 嫌味「君がうるさいよ。え、何でそんなに焼きそばに固執してるわけ?」

 破壊「お、なんだ。お前も焼きそばの青春さに気付いたってわけか」

 嫌味「違うよ。あとお前じゃなくて僕先輩ね」

 破壊「ならば説明してやろう! アタシと焼きそばの出会いをな!」

 嫌味「君、人の話聞かないよね。ぶへぇ!」


  破壊神は突如としてイヤミを急に殴った!


 破壊「あれはアタシが血みどろの戦いを繰り広げた後だった」

 嫌味「急に先輩殴る⁉︎ え、ちょっと今暴力事件起きましたけどみんな見た、って、どこ行くの、おい」


  なぜかイヤミと破壊神以外、この場から離れていく……つまるところ回想である。イヤミは回想の中に置いていかれてしまったのだ。


 破壊「ACT1、出会い」

 嫌味「ACT1?」

 破壊「あれはアタシがレディースとして一人で全国制覇してやろうといばらきから尼崎に行った時だった」

 嫌味「わざわざ遠いとこに行ったんだな」

 破壊「大阪の茨木からな」

 嫌味「微妙な距離感だよ。関西出身なんだ」

 破壊「尼崎を制圧したのは良かったが、」

 嫌味「できたんだ」

 破壊「お腹が空いてフラフラ、もう気絶すると思った時だった。突如、焼きそばが目の前に現れたんだ」

 嫌味「……はぁ?」


 ??「焼きそばだよ〜」


 破壊「焼きそばが急に現れたんだよ!」

 嫌味「は??」

 破壊「勿論フラフラだったから記憶が曖昧ではあるんだけどな、確か──」


 ??「紅生姜みたいに真っ赤じゃないか!」

 破壊「お腹が空いて、もう動けないんだ……殺すぞ」


 嫌味「君は相変わらずだね」


 ??「俺の焼きそばを分けよう」


 嫌味「アンパンマンか」


 破壊神「美味い美味い」

 ??「どうして焼きそばって青春の味がするんだろうなー」


 嫌味「おい、焼きそばがとち狂ったこと言ってるぞ」


 破壊「さぁ、塩味だから?」

 ??「あぁ、しょっぱいな。青春ってのはしょっぱいもんだ。それソースだけど。だがしかし、どうして青春って青い春と書くと思う」

 破壊「は? 急に何言ってんだ。お前ぶん殴るぞ」


 嫌味「空腹が満たされて意識しっかりしたのかな。変なこと言ってるけど仮にも恩人だろうが」

 破壊神「おりゃー!」

 イヤミ「殴るのかよ……ってあぁ⁉︎ いや、君、何してくれてんの⁉︎」

 破壊「だがな、焼きそばは遥かに強かった」

 嫌味「ちょ、おま、」

 破壊「アタシの拳を受け止めるなんて焼きそばやるな。焼きそばってやるんだな。まさかアタシと互角とか、焼きそばマジやばくね? そんなライバルその時いたことなかったから心が騒いだよ」

 嫌味「これはマジでヤバいって」

 破壊「アタシは焼きそばと戦うために自分の焼きそばを一旦、あれ、焼きそばは? 持ってたんだけど」

 嫌味「それより穴ぁ⁉︎」


  破壊神は回想の中で殴った。殴ったけど、ここは現実だった。

  嘆く嫌味が見る先には、舞台と舞台裏を仕切る木のパネル──そこには拳大の穴が空いていた。

  そう、破壊した。

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