act.1


  今回の舞台はなんだかエモい照明に、優雅な音楽が流れている抽象舞台──のハケ裏でのお話。


  これから始まる舞台を前に、スマホを触ったり、うずくまったり、ゴソゴソしていたりと過ごし方は人それぞれだけど、みんな本番が始まるまで緊張して待っていたんだ。

  スタッフ陣、通称〝制作〟は客を順調に入れていくけれども、お客さんがまだ一人来ていないことを確認している。

  音響照明のオペレーターも小言で打ち合わせをして、最終チェックをしていた。


  ……そして、予定時刻を少し過ぎた頃、舞台の幕は上がった。

  実際は学生団体が借りられるような小さな小屋なので、幕がない代わりに照明が暗くなった。



  暗転

  音が大きくなって客を煽ったのちに、やり遂げたBGMは立ち去るようにフェードアウトしていく。



  ──明転


  センターにスポットライト、MEin

  しかし、誰もいない。



 先輩「あれ、真中の長ゼリからだよな。あいつどうした?」

 花形「……消えました」

 先輩「は?」

 花形「トイレへと消えました」

 先輩「は?」

 花形「トイレ行ったからいないです! お腹が痛いからって!」

 先輩「はぁ⁉︎」


 部長「どうしたぁ⁉︎ 真中後輩に何かあったのか⁉︎」

 花形「トイレです」

 部長「なんだ、トイレか。……ヤバいなそれは!」

 後輩「え、主役がいないんすかっ⁉︎」

 部長「そうだ、トイレだと」

 後輩「主役トイレなんですかっ⁉︎ ヤバいじゃないですかっ⁉︎」

 部長「うるさいぞ白木しろき後輩‼︎ ここハケ裏だから。もうちょっと声落として!」

 先輩「お前がうるさい」


 花形「このままだと何も始まらない。いや、終わっちゃったのかな。とにかく事故ですよ⁉︎ ど、どどうしよう……⁉︎」

 先輩「いいから落ち着け」

 花形「す、すみません……」

 破壊「アイツ張り切ってたよなー。初めての照明オペで『先輩たちのお役に立ちたい』つって。いやー青春だねー。ほら、自分のせいだと思ってんのか消したり点けたりしてる」


  スポットライトが点滅している。

  明、暗、明、暗、明、暗、めいてーん、暗、めいてーん、暗、めいてーん、暗、明、暗、明、暗、明、暗──


 花形「あれ、モールス信号でSOSって……」

 先輩「仕方ない。とにかく一回中断しよう」

 部長「それはダメだ‼︎」

 先輩「耳元で叫ぶな、うるさい」

 後輩「な、なんでですか?」

 部長「幕は既に上がった。音照もバッチリ本番用になっている。なのに「まだだ」と言えば、お客さんを心配させてしまうだろう。いまさら後にはひけん」

 先輩「何もしてないから、何事もなかったように公演前に戻せ──」

 部長「幸運にもまだ初ステだ。そういう演出なのかと思わせていれば大丈夫だ」

 後輩「なるほどっ! 堂々としておくんですねっ!」

 部長「そうだっ!」

 先輩「話を聞け。まぁ、お前の言い分は分かるが、続けるにしてもこのまま何も起こらないのはマズイだろ。客もそろそろ不審に思うだろうし、何より主役がいつ帰って来るのか分からないのなら何も始められないぞ」

 花形「そうですよね……」

 嫌味「誰かが代わりに出れば? 最初の長ゼリは誰が言っても問題はないし」

 部長「確かに見栄えで主人公が読むだけだからな」

 後輩「それに主役の出番は実は結構後ですもんね」

 花形「それまでに時間を稼ぐことができたら……いける? のかな?」

 先輩「いや、余計なことしなくて大丈夫だから──」

 嫌味「じゃあ早く代わりに誰か行ってきなよ。僕は嫌だけど」

 後輩「じゃあわたしが行きますっ!」

 嫌味「新入生は無理」

 後輩「うっ」

 厨二「ならば吾輩が救世主メシアとなろう!」

 嫌味「君は自分のセリフすら危ういだろ」

 厨二「スン……」

 着包(じゃあ僕ならいいかな。セリフなら覚えているから──)

 部長「よぉし、俺がいこう」


  舞台上手側から徐々に会話に参戦していくのを、部長が手を挙げたことで止まった。


 先輩「セリフ覚えてんのか? 2ページくらいあるぞ」

 部長「俺に任せろ結城ゆうき同輩。俺は部長兼演出助手兼小道具だ!」

 先輩「小道具は絶対関係ねぇだろ」

 部長「ある程度はセリフが入ってるし役柄的にも問題ない」

 破壊「じゃ部長に任せよーぜ。部長ならいいんじゃね?」

 部長「泥舟に乗ったつもりで任せてろ!」

 先輩「沈むじゃねぇか」

 嫌味「沈没した責任は部長が取るんだろうね?」

 部長「ああ、水底を歩いてみせよう!」

 厨二「正にモーセの海割り……!」

 先輩「本当にやる気なのかお前ら」

 後輩「部長! お願いしますっ!」

 花形「よろしくお願いします」

 部長「後輩たちの眼差しが熱い……! これは、やるしかない!」

 先輩「はぁ……分かった。ここはお前に任せる。頼むぞ」

 部長「結城同輩……急にプレッシャーをかけないでくれよ〜」

 先輩「なんなんだよお前」

 着包(モゴモゴ)

 部長「何言ってるか分からん!」


  部長の肩に手を置いて励まそうとするも、上手く気持ちが伝わらなかった。先程からキグルミでのコミュニケーションが取れていない。


 部長「よーし! ここは部長としてビシッと決めてくる!」


  部長は点滅するスポットの中へと向かった。


 花形「大丈夫ですかね……」

 先輩「そうだな……お前ら準備しとけ」


  各自、いつでも何があっても大丈夫なのように持ち場についた。


 部長「──ようこそおいでなさいましたアンダーランドへ。無知の皆々に未知の街が待つ道で鞭打ち一度を一同されたのち朽ちた基地で餅を食べてはぁぁあ…………あーセリフが思い出せない。何だったかな。まぁ、いいだろ! とにかく! 今日は来てくれてありがとう! 公演がこれから始まるぞ‼︎‼︎」

 先輩「パフォ入って」





   ◇ ◇ ◇





 花形・後輩「「あらすじしょーかい‼︎」」

 花形「私は月部つきべカンナです!」

 後輩「白木しろきリラですっ! ……あ、キラキラネームじゃないですよ、芸名ですっ!」

 花形「そう。私たちは大学の演劇部、劇団有明月に所属している部員なんです。現在、ここ〝Aスペース〟にて新入生デビュー公演真っ只中!」

 後輩「初めての舞台、頑張ってますっ!」

 花形「物語の始まりはとある遊園地。憧れの先輩と一緒に遊園地へと遊びに来た、私が演じるヒロインのアリスは、不思議なウサギのキグルミを追いかけていると、いつのまにか摩訶不思議な場所へと迷い込んでいた!」

 後輩「そこは見るも不思議なワンダーランドッ!」

 花形「でもそこは誰も逃げられないアンダーランド。先輩とはぐれ、たった一人で脅威や恐怖から逃げ続けるアリス。けれども、ある一人の王子様にたびたび助けてもらうことに」

 後輩「その王子様が今トイレで頑張ってる人ですっ! ちなみに今公演の主役ですっ!」

 花形「なんやかんや色んな住民と出会って、旅を続けていく最中、王子様にも次第に心が惹かれていくヒロイン」

 後輩「先輩と王子様、二人の間で心が揺れ動くヒロインッ!」

 花形「先輩と一緒に元の世界に帰るのか、それとも王子様と一緒にこの世界に残るのか。でも、この世界には隠された秘密があったのです」

 後輩「ですですっ!」

 花形「こっから先はネタバレ厳禁!」

 後輩「自分の目で結末を見届けてくださいっ!」


 花形「──というところまでは、全部表でのあらすじ。本当の私たちの物語はハケ裏で起きていました」

 後輩「トラブルばっかりでしたね……実際あらすじはガン無視でしたし、わたしも迷惑かけてしまいました。正直恥ずかしいので見て欲しくないです。帰ってくださいっ!」

 花形「私も肝心なところで失敗したよ。もう人前に立てないかもって思ったくらいに。でも、それでもみんながいたから、私は今ここに立つことができています。みんなとこの舞台を作りきれたことを、本当に心の底から嬉しく思います。このメンバーで出来るのは最初で最後だから」

 後輩「せんぱいっ……! あれ、そうでしたっけ?」

 花形「じゃあ、そろそろタイトルコールしよっか。リラちゃん」

 後輩「あ、はいっ!」

 花形「それではみなさん、どうか最後まで楽しんでくださいね。タイトルは──」


 花形・後輩「『funny bunny』!」

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