第10話

 人間の遺伝子は、23対の塩基をもつ。1つの性決定遺伝子と、22対の塩基だ。

 太古、誕生したたった一人の女性。かつてミトコンドリアのDNAを分析し、人類

の系統を調べたとき、そのたった一人の最初の女性のことをミトコンドリア・イブと呼んだ。それがアデラのいうβ-イブなら、これまでの研究とも整合がつく。

 元々、ミトコンドリアは女性からしか継承されないので、ミトコンドリアを分析して系統を調べても、女性の流れしか分からない。

 しかし最初に誕生したのが女性で、人類の系譜がそこから始まったとするのなら、それは絶え間なくつづいてきたものとして通用するのだ。

 そして、その太古に別れたα-イブの系統に、ボクは近いという。β-イブの系譜にありながら、α-イブとの混血、ヒューメイリアンとなったことで、遺伝的な系統が近づいたのか? よく分からないけれど、ボクが特別視される理由がこれで分かったことになる。


 でも、理由は分かったけれど、ボクはボク。αやβの話をされても、今一つピンとこない。話が壮大過ぎて、ついていけない……というのもあった。偶々、過去の人たちとDNAが近くなっても、特に自分が変わることはない。

 ただ、ボクをみる周りの目が、その近さによって研究対象としたいアデラのような者たちと、抹殺しようとする何者かと、そういう意味で分断されていることの方が大きな問題だった。

 なぜなら、それからも度々命を狙われたからだ。その理由は分からない。でも、ボクのことが疎ましく、その研究を邪魔したい、もしくは成果がでては困る連中がいるのは確かかもしれない。

 とにかく、警戒するに越したことはない。そしてそれは、ボクと女の子たちとの関係にも、少なからず影響を与えていた。


「ふぁッ! ふぁッ! くぅ~……」

 美夢とはあれからもエッチをしていた。最近では、彼女の部屋ですることが多く、昔から来ているので新鮮味はないけれど、女の子らしくて、可愛らしいものがあふれている。ボクの部屋だと、姉が帰って来る可能性もあって、一人娘で自分の部屋をもつ美夢の部屋の方が、落ち着いてできるとの判断だった。

 彼女はベッドの上で、恍惚の表情を浮かべて果てた。ボクのことを根元まで銜えこみ、互いにフィット感を味わいながら、ボクたちは少し弾んだ息遣いでしばらく互いに見つめ合う。

 やがてボクは彼女の腰に手をまわすと、つながったまま彼女の体をおこした。繋がりを解くことは、お互いしたくない。ちょっと無理をしてでも、体勢を変えるときでもつながっていたかった。

 そうして互いに向き合う形ですわった。ちょうど、彼女がボクの上にすわる形になると、顔の高さが合った。目が合うと、何も語らずに唇をかわす。

 彼女のことが好きだ。でも……。

「私たち、別れよう」

 美夢がそう告げてきた。ボクも驚いて「……え?」とつぶやいたまま、絶句してしまう。それはボクが告げようとしていたこと。

「そらくん、好きな子ができたでしょう?」

 そう言われても、ピンとこない。ちらりと神代のことが頭に浮かんだけれど、別に好きで体の関係を重ねているわけではない。でも、それを美夢が嫌気したのか? と考えたけれど……。


「最近、私と会っていても、どこか気乗りしないというか、昔のような感じじゃなくなったよね?」

「それは……」

 ボクが命を狙われる。それはまだ子供のボクにとって、自分の身でさえ守れるかどうか分からず、まして彼女が近くにいたとき、そうなったとしたら、命を賭してでも守れるのか……? その懐疑だった。

「そらくんが、誰かのことを好きでも、私は構わない……。そう思っていた。でも、私との関係がつづいていることで、それに悩んで、そらくんが踏みだせないだけだとしたら、やっぱり私は悲しい。

 だから私は、別れることに決めたの」

「ボクは美夢のことが好きだよ」

「……ありがとう。私も、この関係を止めたくない。だから、別れるけれどこれだけは続けよ。そらくんが嫌でなかったら……」

「嫌なことなんてあるものか!」

「重い女になりたくないから、私は別れる。もう決めたんだ……」

 美夢の瞳から、すーっと涙がこぼれ落ちた。幼いなりに、頑張ってだした結論だったのだろう。

 ボクがわがままをいい、この関係をつづけることもできそうだ。彼女だって、決して嫌いになったわけではない。

 でも……。

「ボクは美夢が好きだ。でも、今は付き合いつづける自信がない……。一旦、距離をおこう。そして、ボクも自信をもって美夢のことを守れる男になった、と思えたら、そのときはまた……」

「…………うん」

 涙で泣き濡れた顔だけれど、そう頷くと微笑んでみせた。ボクたちは唇をかわす。それはまた恋人同士にもどれるまでの、約束に感じられた。


 小学校三年生にして、ボクは一人になった。でもそれは、ボクを殺害しようとする何者かと、戦うための選択だった。

 DNAがボクの知らない誰かと近い……なんて理由で、殺されて堪るものか! ボクはむしろ、美夢が背中を押してくれた。戦う決意をさせてくれた。そう素直に感じていた。




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