第29話 森原との距離感
その後、すぐに俺は森原との問題に直面することになる。
いや、正確には「決着」をつけたい気持ちで、焦っていた。
もちろん、その原因は「彼女」にあると思っている。
一度、呼び出してみた。
素直に来てくれた彼女と、昼間の喫茶店で会話をする。酒癖の悪い彼女に対して、シラフで会話をしたかったからだ。
もちろん、聞くことは男関係について。
「で、お前は男友達と飲み歩いてるみたいだが、どうしてもやめられないのか?」
そう尋ねると、彼女はあっけらかんとしていた。
「そうね。私は交友関係が広いし、そもそも束縛されるのが嫌い。っていうか、君は私のこと信じてないってこと?」
「そういうわけじゃない」
「じゃあ、どういうわけ?」
だんだん、怪訝な雰囲気になってくる。それも承知の上での話し合いだ。
「お前の気持ちがわからなくなったんだよ」
「わからない?」
「俺のことを本当に好きなのか、それとも他に好きな男でもいるのか?」
これは、まさに「修羅場」になる可能性すら秘める一言だが。
彼女は、あっさりしていた。
「そんなことないって。ちゃんと好きだよ」
「じゃあ、どうして……」
言いかけて、ここが衆人環視の喫茶店だと思い直した。いきなり下世話な話は出来ない。それを察した彼女は、コーヒーカップを傾け、飲んでから呟いた。
「私は、そんなに『安い』女じゃないつもりなの。私とそういうことがしたいなら、せめて雰囲気がいい店に連れて行ったり、ムードを大切にして。君、私が行きたいって言った店に連れて行ってくれないでしょ」
(うわ。面倒臭い奴だ)
一瞬、思ってしまった。
彼女の言い分も確かにわかる。
女は、とかくムードやら雰囲気を大事にするから。俺としてもそこは気を遣ってきたつもりだった。
だが、彼女の要求するその水準が妙に高いのだ。
高級なバーや、眺めがいい夜景の見える店なんてのは、大体、料金的に高いのだ。俺の安月給で、そんなところに毎回行っていられない、という経済的事情もあった。
彼女が、いくら稼いでいて、俺より高い給料をもらっているかまではわからなかったが、お嬢様なのか、それとも男を「財布」だとでも思っているのか。
見込み違いだと思うのだった。
俺は、彼女のことを「見誤って」いたことと、里田に言われたことを思い出していた。
つまり、里田が言ったように、見た目がいい彼女は、恐らくだが、学生時代から「モテた」から、それが当たり前になってしまったのだろう。
そうすると、特定の男に縛られなくても、勝手に男が寄ってくる。まあ、そう考えると、「付き合い」にくい奴ではあった。
「じゃあ、別れるか?」
いきなりすぎるが、思いきってそう提案してみたら、今度は、
「それは嫌」
という始末。
「何で?」
「君のことが嫌いになったわけじゃないから」
「どうして?」
その問いに答える代わりに、彼女はある重要な事実を告げた。
「夏に3人で、北海道に行った時、フェリーの中で私、ひなのちゃんに言われたの」
思い出した。確か、林田が森原を呼び出し、2人で話した時のことだ。もちろん俺は内容を知らない。
「何を?」
「ひなのちゃんは、私に宣戦布告してきたのよ」
「宣戦布告?」
「そう。どっちが君の彼女になるかって」
「お前が勝ったんだから、問題ないだろ?」
「そうじゃないわ」
「何が?」
「あの子は、本気で君のことを好きだと思う。君はどうなの? 君の本当の気持ちは、私に向いてるの? それとも彼女? だから、私はあえて、君を試した」
それが森原の答えだった。
男と飲み歩くのも、そのためなのか、それとも「素」なのかはわからなかったが、未だに一線を越えさせない理由が、その辺りにあることは理解した。
(ああ。マジで面倒になってきた)
森原の言いたいことがわからないでもないが、そもそも俺は、森原と付き合ってからは、林田とは一切連絡を取っていない。
「今はお前と付き合ってるんだ。林田に気持ちは向いていない」
そう返すしかなかったが、彼女の顔は納得しているように見えなかった。
「それはどうかな。男女の関係はモロいもの。それに、あの子はきっとまだ諦めてない。隙があれば、君を物にしようと狙ってる」
その言い方が、まるで獲物を狙う肉食動物みたいに思えるが、林田は元々ストーカー疑惑があるくらいだ。確かに不思議ではないが。
本格的にどうしようか、と悩んでいると、
「ああ、もうこの話はなし。今度、ちゃんとツーリングデートしよう?」
と強引に話を切り上げようとする、森原。
ひとまず、その場は引いたが、この一件で、俺の中にある森原への気持ちが、揺らいでいるのを再認識してしまった。
そんなわけで、ある種いびつな恋愛関係のまま、季節は12月を迎える。
この年、2020年の最後の月。
その月に、意外なことが巻き起こる。
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