第28話 偶然の再会
そんなこんなで、俺は改めて森原沙希という、「彼女」に対する「不信感」を強めることになったが。
新しく転職した職場は、前よりはマシだった。
長時間労働による、過剰な拘束時間はなく、定時とは行かないまでも、1~2時間の残業で済んでいた。
何よりも、「英語」という武器を使える職場―ただしTOEICの点数が不足している為、使える機会は限られる―であった為、将来的には生きる。
そんな11月下旬。俺は26歳の誕生日を迎えた。
何の因果か、その誕生日の日に「彼女」と偶然、再会した。
勤務場所が、渋谷であり、俺が住んでいる場所が三鷹市という関係で、通勤には中央線と京王井の頭線を使っていた。
その日、早く就業を終えた俺は、19時頃に、何の気なしに晩飯を食べようと下北沢で降りた。
下北沢は、学生が多く、元々比較的「安い」店が多い。それを狙ってのことだった。
しかもたまたま立ち寄った、居酒屋風のバーで、カウンターに座ると、すぐ隣に見知った顔がいた。
「あれ、先輩?」
「林田か」
実に3か月ぶりの顔合わせ。彼女は、紺色のスーツ姿だった。同じく仕事帰りらしい。
「すごい偶然ですね。どうして下北に?」
「ああ、たまたまだ」
何となく、顔は合わせづらいと思っていた。ただでさえ、今は「森原」という彼女がいる身だ。ただ、俺の中にある森原への「不信感」が、彼女といる時間を、完全に否定できない気持ちに繋がっていた。
林田は、相変わらずに見えた。表情は明るいし、別段、困っているようにも見えないし、健康的だ。
「いやあ、それにしても久しぶりですね。元気でしたか? ちゃんとご飯食べてます? ちゃんと寝れてます?」
「お前は俺の母親か?」
そんな他愛のない会話に、自然と笑顔が漏れていた。
思えば、俺は彼女といる時は、「気負う」必要がないように感じていた。まるで昔から知っている親戚の子みたいな、防衛線を張らなくていい。森原の場合は、変に「気負う」ところと、「いい格好」を見せようと思ってしまう、妙な下心が働く。
乾杯をし、互いにビールを傾けて、串焼きをつつきながら、奇妙な時間が流れた。
「で、最近、どうです? 仕事は? ちゃんと転職しましたか?」
「そういうお前は?」
「私は、テキトーにやってますよ。まあ、ITじゃなくて飲食関係ですけどね」
少し意外に思えたが、元々、彼女自身が「ITにはそれほど興味がない」と言っていたことを思い出した。何よりも明るい彼女は、接客関係の方が合うだろう。聞くと、あの北海道への旅から戻ってすぐに転職したらしい。
「一応、英語を生かせそうなIT企業には転職できた」
「へえ。良かったですね。おめでとうございます」
「ありがとう」
ビールを傾けていると、不意に彼女の方から尋ねてきた。
「それで。森原先輩とはどうですか?」
聞かれるとは思っていたが、俺は言い淀む。どこまで話していいものか、わからないから、自然と言葉を濁すことにはなったが。
「まあ、色々あるよ」
「色々って?」
やはり興味津々のようで、突っ込んできた。
「色々は色々だ」
「上手く行ってないんですか? せっかく付き合えたのに」
残念そうにも見えるし、真実を見透かしかのようにも見える。林田は妙なところで鋭い。
「男と女の関係なんて、わからないものだ。まあ、ガキのお前にはわからんだろうが」
いつものように、軽口を叩いたら、案の定、彼女は頬を膨らませて、
「ガキじゃないですよ。もう22歳のレディーです」
と言ってきたから、俺は吹き出しそうになっていた。
「あー、またバカにしてますね」
「だって、レディーって自分で言うか?」
「そんなこと言ってると、私が将来、とんでもなく綺麗になって、他の男の嫁になって、後悔しても知りませんよ」
などと、調子に乗ったことを言う彼女に、俺は自然と笑みがこぼれていた。
「大丈夫だ。林田には、一生そんなことはないから」
「まーた、先輩はそういうこと言って」
呆れたように口に出すが、俺のいつもの軽口に、彼女は別段、怒っている様子はなく、むしろ安心したように微笑んでいた。
その後、しばらく他愛のない会話をした後、店を出て、駅前まで一緒に行き、彼女の見送りの後、帰ることになったが。
別れ際、彼女は不思議な態度を取る。
「先輩。ちょっと待って下さい」
「何だ?」
呼び止められて、振り返ると妙に深刻そうな表情を浮かべていた。
「あの、もしも、ですよ」
「ああ」
「いや、やっぱりいいです」
「そこまで言って、言わないのかよ。余計、気になるだろ?」
その俺の一言に、さすがに彼女もバツが悪そうに頭を掻きながら、遠慮がちに口を開いた。
「あの。先輩が森原先輩と付き合ってる限り、さすがに私からは連絡はしませんけど」
「ああ」
「もしも、ですよ。もしも、私の身に命の危険が迫るようなことが起こったら、その時は、先輩に連絡してもいいですか?」
「当たり前だろ」
さすがに、「命の危険」とまで言われると大袈裟だとは思うが、一応は知り合いの女性だ。困ったことがあれば、助けるのはやぶさかではないし、人として助けるべきだろう。
「良かった」
心底、嬉しそうに彼女は、破顔した。その笑顔が眩しいくらいに可愛らしく思えて、我ながら胸の高鳴りを感じるほどだった。
いや、それでも俺は林田には恋はしていない、と思っているが。
というか、別の意味で心配になる一言だ。
「お前。命の危険があるようなことしてるのか?」
さすがに少しは心配になったが、彼女は慌ててかぶりを振った。
「あ、違いますよ。例えです」
「なんだ」
いきなりそんなことを言われたら、知り合いだから心配にはなるが、安心はした。彼女は嘘をつくのが苦手だと俺は思っていたし。
「じゃあ、そうゆうことで。また」
あっさりと手を振って、彼女は去って行った。
(あ、バイクのこと、聞き忘れた)
別れてからそう思うのだった。
そして、この林田の一言が、まさかの結末を呼び起こすことになるとは、思いもしていなかった。
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