第25話 北海道の夏
彼女たちと別れた俺にとって、そこからの約2週間は、もっとも「幸せ」な時間だった。
本州の感覚では測りきれないくらい、広大な北海道を思う存分回れるのだ。
洞爺湖からは、まずは日本海側に抜ける為、ニセコに向かった。冬はキャンプ場で有名な高原の避暑地として知られている。約1時間ほどで着くが、そこから
この道が、まず絶景だった。
右後ろに、
岩内町からは、
積丹半島を巡る国道229号は、交通量が少ない上に、気温も20度前後と、本州とは大違いの快適さ。
俺にとって、初めての北海道は、最高の環境からスタートした。
積丹半島には特に何かあるわけではないが、
そこには、北海道に逃れてきた、源義経が、地元のアイヌの娘、チャレンカと恋仲になったが、義経は大陸に渡る為に、ここから船出をしたという。
チャレンカは、恋する義経を追って、この岬まで来たが、義経はすでに出航しており、悲嘆にくれたチャレンカは、
「和人の船、婦女を乗せてここを過ぐればすなわち覆沈せん」
との言葉を残し海に身を投じて亡くなったという。そして、その身体はやがて岩と化し神威岩となり、以来女性を乗せた船が通ると必ず転覆し、神威岬は女人禁制となったという伝説があるという説明版があった。
源義経が、奥州平泉で亡くならずに、北海道に逃れたという伝説自体が、眉唾物だが、それでもこの手の話が、北海道の各地に残っているのが、面白いと思った。
今も、神威岬には、女人禁制の門と、神威岩が残されている。
岬の先端までは今も「チャレンカの道」と呼ばれる小道があり、両側に海が広がっている。
そして、この日のように「晴れた」日には、積丹半島から眺める海は、輝きを増し、「積丹ブルー」とも呼ばれる美しい海面を見せる。
北海道では、特にツーリングライダーの間では、道東や道北、つまり東はミルクロードや開陽台、北はオロロンラインや宗谷岬、エサヌカ線が有名だが、ここもまた北海道。
その日は、最初からホテルに泊まるつもりで、小樽経由で札幌を目指した。
夕方に着いた、道都、札幌市。
そこは、想像を絶するような大都会だった。
人口は200万人近い上に、広大な敷地面積を持つ、北海道の中心都市であり、「小さな東京」のような雰囲気もある。
ただ、特徴的な碁盤の目の街並みは、とても清潔感があり、また南北を「条」、東西を「丁目」で示しており、慣れるとわかりやすい上に、どこかニューヨークのような整然さを思わせる。
もっとも、俺はニューヨークには行ったことはないから、映画を見た時のことを思い出して感じたのだが。
札幌の街中にあるホテルに泊まり、翌日は札幌を観光し、札幌ラーメンを食べ、札幌ビールを飲み、さらにもう1日、札幌のホテルに宿泊。
さらに翌日。
北を目指した。
もっとも、今回は「キャンプ」がメインなので、回り方を考えた。
つまり、毎日移動して、その都度、キャンプという非効率な方法より、一か所にベースキャンプを張り、そこを拠点にして移動するという方法だ。
これなら毎日テントを立てずに済む。
そして、その「ベースキャンプ地」に選んだのが、富良野だった。
北海道の「ヘソ」とも呼ばれる、一番真ん中にある小さな街。
丘の街、ラベンダーでも有名な
しかも、そこのキャンプ場は、広大な上に設備が整っていて、快適だった。
翌日は稚内を目指して北上。日本海側の
それだけに、航続距離が短いカタナは、もったいないと思い、いちいちガソリンを気にしながら走るのはツラいと思うのだった。
しかも宗谷岬までは約300キロ。往復で600キロもかかる。
北海道は、とんでもなく広かったのだ。
さらに翌日は、東へ向かい、
しかも
これだけ回っても、まだ1週間以上の時間があった。
さらに翌日には、道東観光のメイン、ツーリングライダーのメッカとも言える、開陽台を目指したが、今度は片道だけで5時間以上、300キロ。
さすがに次の日からは、キャンプ場を引き払い、道東に拠点を移した。
道東。
文字通り、北海道の東。
そして、この地には、特に「人の手」が入っていない。
手つかずの大自然が広がり、アイヌが北海道にいた頃から残っているような風景が広がる。
あるのは、荒野の中に伸びる一本の道路だけ。周りに人家すらなく、20キロ以上もひたすら真っ直ぐな道が続くこともあり、カタナにとっては、ガソリンという心配が常に付きまとう。
だが、逆に言うと、本当に「何もない」為、休憩する時も道路脇にバイクを停め、のんびりと草を食む牛や馬を眺めたり、くらいしか出来ない。
車だと単調な道に、猛烈な眠気が差してくる道だという話を聞いたが、それも頷ける話だった。
東京がいかに人が多すぎて、信号機が多すぎて、過密状態なのかがここに来るとわかる。
ミルクロード、
ここは、根室と釧路の間にある、浜中町という小さな街にある、小さな外れの岬。正確には「
何よりも、いかにも「観光地」という雰囲気がない、素朴にして、寂寥感すら感じる佇まい。
そして、雄大な北海道らしい風景に魅了されていた。
さらに、十勝に移動し、南の
月日はあっという間に流れた。
何よりも「楽しい」時間は過ぎ去るのが速い。人間、「ツラい」と感じる時間の方がはるかに「長く」感じるものだ。
あっという間に、8月30日を迎えていた。
俺に残された時間はあと1日。
しかも、苫小牧からのフェリーを予約しようと思ったら、すでに満員だった。つまり、この夏に北海道を楽しんだ本州以南の客たちが帰る為だ。
油断していた俺は、ここでフェリーには乗れず、仕方がないから自走を決断する。
しかも8月30日は雨だった。
またも雨の中、苫小牧から函館を目指し、函館からフェリーに乗って、青森に渡り、後はひたすら東北自動車道を南下。
フェリーで帰るより、自走の方が料金的には安くつく。
だが、このカタナでは頻繁な給油を強いられる上に、連続降雨だ。
夏の終わりは、「雨」と共に終わりを告げ、俺は「現実」に引き戻されるのだった。
夢のような北海道の旅は、いや人生最大のモラトリアムは今、終わった。
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