第23話 いざ北海道へ

 8月14日、朝。


 青森市内のホテルで迎えた朝。ロビーに出て、朝食会場に向かうと、すでに2人は来ていた。


 真っ先に森原の様子を窺うも、顔色は良くなっているように見えた。

「森原。大丈夫か?」

 声をかけると、彼女はわずかに微笑んだ。


「うん。熱は下がったし、大丈夫」

 どうやら嘘はついていない様子だったので、ようやく安堵する。


「2人とも心配かけてごめんね」

「気にするな」

「まあ、長旅だからしょうがないですよ」


 3人で、朝食を摂り、すぐに出発となる。


 行き先は、海の向こう。北の大地、北海道。結局、「東北6県」を制覇するという俺の当初の目標は、秋田県だけ行けなかったため、達成できなかった。


 だが、元々秋田県生まれで、親には会社を辞めたことを話していない俺にとっては、むしろ「好都合」でもあった。


 一瞬、祖父の言葉が頭をよぎった。

―山の神様ってのは、女で、やきもち焼きで、ヒステリーだから、女性を遠ざけ、山の神様にお祈りをしてから、山に入るんだ―


 秋田県に「女連れ」で向かうことを、山の神様から避けられたようにも感じるほどの、偶然だった。


 青森市にある、津軽海峡フェリーのフェリーターミナルに向かい、そのまま乗船手続きをする。出航時間は午前10時。函館着は約3時間40分後の午後1時40分。


 実は、昨日行った、大間からもフェリーが出ているが、そちらは1日2便しかないが、青森~函館間は24時間フェリーが出ている。


 天候は曇り。しかも昼には雨が降るという。

 北海道入りは、雨になりそうだった。


 そんな中、乗船を終えた俺たちは、船内に入る。


 船内と言っても、たったの3時間半から4時間程度の旅。客室は雑魚寝に近い、広い船室を割り当てられるだけ。


 しかも、そこに荷物を降ろした俺に対し、林田が立ちあがって、森原を呼んだ。

「森原先輩。ちょっと2人だけで話があります」

 いつになく真剣な眼差しで、発言する林田に、森原もまた、

「わかったわ」

 何も聞かずに従っていた。


 しかも、林田には俺にはついて来るな、と釘を刺されていた。


(何なんだ)

 不思議に思ったが、女同士の会話に、男の俺が入るのも野暮だと思ったから、放っておいた。


 彼女たちは、船室を出て、甲板に出て行った。


 しかも、15分ほどして帰ってきたかと思えば。

 何だか、森原は妙に浮かない顔をしていた。一方の林田は、どこかすっきりしたような表情を浮かべていた。


 2人の間で、どんな会話が交わされたか、知る由もなかったが。実はこの時の会話が、後々まで尾を引くことになる。


 船内では、どんどん雲が増えて、今にも雨が降り出しそうな、どんよりした津軽海峡の風景が見えるだけで、つまらなかった。


 そのこともあり、俺たちは客室内で過ごしていた。


 そして、

「山谷くん。私、明日には帰るわ」

 唐突に森原が呟いた。


「えっ」

「お盆休みは16日までだからね。その前に苫小牧からフェリーで帰る」


「仙台には寄らないのか?」

「ええ。出発前に別れは済ませたし、直接フェリーで大洗に向かって、そのまま東京に戻るわ」


 しかも、それに対し、林田が、

「じゃあ、明日から先輩と2人きりですね」

 と目を輝かせていたが、それを鋭い声で制したのは、森原だった。


「ダメよ、ひなのちゃん。一緒に帰るわよ」

「どうしてですか? 森原先輩と違って、私はまだモラトリアムの期間です」

 訴えるも、彼女の言葉は鋭かった。


「付き合ってもない男女が2人で泊りがけのツーリングなんて、しちゃダメ。いいから私と一緒に帰ること。わかった?」

 林田のことだ。素直には聞かないだろう、と思っていたが。


「はーい。わかりましたぁ」

 不満たらたらと言った渋い表情ながらも、頷いていた。


 俺にとっては、その林田の決断こそ意外だったが。それ以上に、明日、森原が「帰る」ことこそが重要だった。


(チャンスは明日の朝しかない)

 もちろん、告白のチャンスについて考えていた。


 そして、ここ数日の2人の様子から、俺はある「確信」に至っていた。

 それは、林田が「朝に弱い」ことだった。


 大抵は、夜遅くまで酒を飲んでいることが多い、つまり「だらしない」林田は、いつも朝が遅い。午前8時前に起きることはほとんどなかった。


 逆に、しっかりしている森原は、朝が早く、まるで通勤に行くサラリーマンのように、いつでも午前6時半から7時の間にはきっちりと起きてきていた。


 つまり、「告白」するなら、そのタイミングを狙うのがいい。


 午前6時半から8時までの間。


 その間なら、林田の邪魔が入らずに、森原に告白できる。


 そんなことを考え、ダラダラしているうちに、船はやがて津軽海峡を渡りきり、ついに北海道函館市に接岸。


 したのだが。思いっきり雨だった。

 真夏の雨。大して寒くはないのだが、ここは北海道。気温が20度程度しかなかった。


「雨ですよ。さっさとキャンプ場に向かいましょう」

「そうね。今夜の宿は決めてあるの?」

 フェリーターミナルからの出発前。彼女たちに聞かれた俺が、携帯で示した場所、そこは。


 洞爺湖とうやこだった。


 函館から、高速道路を使って、約160キロ、時間にして2時間半くらい。もっとも北海道は、下道でも平均で100キロ近くは出せるから、下で行っても大して変わらない。


 だが、さすがにこの雨では急ぎたいし、日が落ちる前に、キャンプ場に入り、設営をしたい。


 急いで出発となった。


 せっかくの北海道。道幅が広く、広大で、空も高い。


 だが、その空は鈍色にびいろに染まり、雨粒が絶え間なく降ってきていた。


 途中、国道227号、国道5号と通り、大沼公園インターからは道央自動車道に入る。後はひたすら真っ直ぐに北に向けて進み、虻田あぶた洞爺湖インターを降りて、しばらく進むと湖が見えてくる。


 雨に煙る洞爺湖は、どこか幻想的な美しさを持っていた。


 まん丸に近い形状の洞爺湖の、東の湖畔にあるキャンプ場に着いた時には、すでに午後4時半を回っていた。


 雨の中でのテント設営という、面倒なことをこなす羽目になったが、どうにか無事に3人とも設営を終える。


 こういう雨の時は、2人用のテントが役に立つ。


 2人用テントには、前室が設けられており、そこに荷物を収納できるので、テント前を少し開けておいて、その中で夕食の火をつけることが出来る。


 さすがにこの雨では、3人集まって、晩飯とは行かず、その日は各自がそれぞれのテントで晩飯を取り、おのおのが適当なタイミングで眠ることになった。


 3人の間でほとんど会話がかわされることなく、8月14日は静かに過ぎて行く。

 テントに当たる雨粒の音を聞きながら、穏やかで静かな夜が過ぎて行き、俺は眠りにつこうとするが、明日の朝のことを考えると、もちろんすぐには眠れなかった。


 明日は、告白の時間が来る。


 天気は、朝には回復する予報だった。

 一度断られた相手に対する、二度目の告白。不甲斐ないし、未練たらしいし、傍から見たら情けないかもしれない。


 だが、一度断られたからと言って、森原のことを諦めることが出来るほど、俺は人間が出来てはいなかった。

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