第9話 ありのまま
どこかモヤモヤした気持ちを抱えながら、次に向かったのは、犬吠埼だ。
そこからは下道で約1時間。
昼の時間に近づいていたが、俺たちはまだ昼食どころか朝食も食べていなかった。
彼女の考えていることが全くわからないまま、ひたすら道を走る。
着いた先は、関東で最も東に位置する、太平洋を見下ろす高台にある、犬吠埼の灯台前。
海から吹きつける風が気持ちいい。天気がいいため、ぽかぽかと暖かい、いいツーリング日和だった。
会話の続きを促す。景色より、彼女の考えが気になっていた。
またも、並んでタバコを吸いながら、彼女に先を促すと、ようやく重い口を開いて、説明してくれるのだった。
「4年前。あのトラブルの時。私がどれくらいあそこで、苦戦していたか、わかりますか?」
もちろん、そんなことわかるはずもないから、首を振ると、
「テンパってたから、正確には覚えてませんけど、多分30分くらいだった気がします。でも、その間、何人、何十人も通りかかったけど、誰も見向きもしなかったし、私を助けようともしてくれなかった」
「でも、先輩は、すぐに気づいて助けてくれました」
「いや、困ってる人がいたら、普通は助けるだろ。それに、一応俺もバイク乗りだからな」
俺にとっては、そんなことは別に当たり前のことだと思った。
だが、彼女の感じた物は、違っていた。
「逆ですよ」
「逆?」
「今の世の中、みんな自分が一番大事。トラブルには巻き込まれたくないから、みんな見て見ぬ振りをするんです。でも、先輩は違った」
「そうか? 別に大したことないだろ」
「大したことあるんですよ。見ず知らずの人を助ける。しかも女子高生に声かけだだけで、下手したら警察に通報されかねない世の中です。それはとても怖くて、勇気がいることなんです。だから、私はあなたに興味を持ったんです」
そう告げた後、彼女は、紫煙を虚空に吐きながら、俺の方を見ずに、遠い目を空に向けて呟いた。
「私は先輩に幻想なんて持ってません。先輩は、そのままでいいんですよ」
なるほど。まあ、言いたいことは何となくわかった。
彼女の言うことにも確かに「一理」はある。とかく、現代人、特に東京の人間は「冷たい」。他人に興味すら持たないし、電車やバスの中で、困っている人がいても、なかなか助けようとしない。
俺が彼女を助けたのは、別に相手が「彼女」だったからではない。相手が誰でも助けただろう。
大学生時代に、英語を勉強し、海外に短期留学していた経験が大きかっただろう、と自己分析した。
つまり、海外では、日本ほど他人に、「無関心」ではないのだ。
困っている人がいたら、たとえ言葉が通じなくても助けようとしてくれる。
恐らくは、昔の日本人もそうだっただろう。ところが、急速に発展したネット社会、競争社会の波に呑まれ、誰もが「自分が一番可愛い」と思うようになってしまった。その結果、他人との関係が希薄になり、誰もが興味を持たなくなっている。
俺の目には、そう映った。
まあ、彼女にそれらの経験を話すほど、俺はうぬぼれてはいなかったが。
とにかく、俺と彼女は、空腹を満たすため、昼飯を食べることになった。
それも、希望を聞いても、
「どこでもいいですよ。別にオシャレな店じゃなくてもいいです」
と言う辺りが、森原とは違うところだった。
大体にして、森原をはじめ、女というのは、「体裁」にこだわる。オシャレだったり、インスタ映えがしたり、見栄を張るというか、変なこだわりを持っているように、俺は常々感じていた。
だが、まるで男友達のように、感じてしまう彼女には、そういう部分が一切なかった。機能的というか、無駄がない。ある意味では、「バイク乗り」向きな性格かもしれない。
結果的に。
適当に検索したラーメン屋が昼飯の舞台になった。
普通、わざわざ銚子まで来たら、海鮮を食べるものだが、先日、森原と海鮮丼を食べたばかりの俺は、ラーメンを食べたい気分だったからだ。
しかも、別に有名でも、インスタ映えするわけでも、ネットの評価が高いわけでもなかった。
それでも、文句一つ言わずに、彼女は美味しそうにラーメンを食べるのだった。
俺は、少しずつだが、彼女に「気を許し」始めていたのかもしれない。
もっともそれは「男友達」の感覚に限りなく近い。
森原の場合は、そういうわけにはいかず、「女」として、恋愛対象として、常に「意識」してしまうから、出来るだけ「オシャレ」で「綺麗な」場所を選ぶように、苦労して店を探していたものだが、林田の場合は、全くそういう感情には至らなかった。
つまりは、俺は彼女を「女」として見ていないのかもしれない。
まだ、俺の中の感情では「森原を好き」という気持ちが勝っていた。
ツーリングは、その後、適当に千葉県をぶらつき、何故か成田空港に行って、飛行機を見た後、夜には首都高速経由で、互いの家に帰ったのだった。
もちろん、帰宅後にLINEで森原に「言い訳」じみた説明をしていた。
恋の気持ちは、誰にも、本人にすら、本当のところはわからないものなのかもしれない。
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