第4話

 チョコの用意した小道具の山、というのは、武器の山だった。

扉を開けたジャンボが手にしていたのは、大ぶりの中華包丁。

そして、ポケットに拳銃が2丁、ダイナマイトが腹に巻かれている。


 それだけでも恐ろしいのに、少し後ろを歩くチョコは、大きなマチェーテを構えて、目を鋭く開いていた。

なんやかんや店内にいたバニラは、店の人たちとは別の混乱を抱く。



「え、時間戻った?」



 バニラはひきつり笑いをしながら声をかけたが、ジャンボは目つきも悪くボサボサの髪のまま、その声の方を見た。



「ああ、バニラ。そこにいたのか」



 そんなことを言いながら近づいてくるジャンボを見て、バニラはまた震え上がる。

時間が戻ったどころじゃない。なんか武器が増えてる。やばい。

満を持して、バニラは叫んだ。



「ぎゃー!!!」



 物陰まで一目散に走って逃げて、バニラはだばっと泣いた。

なんだあれ、おかしいだろ。チョコまで元に戻ってしまった。

怯えるバニラの姿を見て、ようやく店主も言葉を取り戻す。



「……それ、本物……?」

「ん……?撮影の小道具ですけど……」

「俺が選んだんだ!ジャンボこえーだろ!」

「マチェーテ持ってるお前も相当だよ!!!バカ!!」



 店主が調子を取り戻し、自信満々なチョコの声が響くと、店内はようやく安堵のため息とともに、元の活気を取り戻していった。

ここまで来ても疲れで半分寝ているジャンボに、店主はかなり怒っている。



「あのねぇ!怖い格好っていうのはそういうんじゃないんだよ!」

「なんでだよ!これより怖いジャンボいないだろ!」

「怖すぎるだろ!もう!バニラを見習いなさいよ!バカちん!」



 チョコは小道具のマチェーテを持ったままバニラを見る。

なんというかファンシーな、なにかの挿絵で見た西洋のオバケみたいな格好をしていた。



「あれ……お化けを倒そうと思ってきたのに……」

「お祭りだって言っただろ!もう可哀想に、バニラ……」



 店主はバニラの方に歩いていって、頭を撫でている。

チョコはあちゃーとか言ってたが、ジャンボはそのままふらふらとカウンターへ歩いた。

そして、次の瞬間、彼はカウンターにばたりとたおれる。



「ぎゃー!ジャンボが死んだ!」

「なんでだよ!なんなんだってもう!」



 店主は小道具で武装したジャンボの方に駆け出して、その様子を見たが、彼はただ寝息をたてていた。

次から次へと起こる予測不能な事態に、店主は大きくため息をつく。



「もうね……本当にいい加減にしないと出禁にするからね!?」

「えー!なんでだよ!怖いだろ!」

「怖すぎるんだよ!心臓が止まったらどうしてくれるんだ!」



 店内からどっと笑いが起きた。

いいぞやっちまえチョコーなんて、悪ノリしたおっさんが声をかける。

その姿は、みんなそれぞれ大抵は血糊で血まみれで、衣装とかそういう方向ではなかった。

そう……ちゃんとバオズやの意図した格好をしてきたのは、バニラだけだったのだ。



「トリックオアトリート!」

「やかましいわ!」



 チョコは不満そうにブンブンとマチェーテを振る。

かなり物騒なその姿に、店内の人は笑った。

店主は複雑な顔をしながら、仕方なくクーポン券を取り出す。



「もう、揃いも揃って馬鹿ばっかりだ!ホラー映画にでも出るつもりなのかよ!」

「店長の顔がいちばん怖いよ〜」

「うるさい!昼間っから酒飲むな!」



 店内は和やかに、やばい格好の人達が笑った。

カウンターではジャンボが勝手に寝ているし、バニラはマチェーテに脅えて隅にいるし、チョコは気にせずバオズを食べる気満々だ。

どうしてこうなった。

ちょっとしたツノが生えただけの店主は大きなため息をつく。


 そしてまた、店の扉が開いた。



「いらっしゃ……」



 今度こそ全員ドキリと固まった。

やってきたのは警察だった。

しかも、その手や背中に大量の武器を備えて。



「……ホンモノ……?」



 思わず店主は聞いたが、警察官は青ざめて店内をキョロキョロと見て叫ぶ。



「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!!」



 そのまま扉から出ていった。

キョトンとする店内は、遅れて笑い声に包まれる。



「あーあ、店長さんが怖いから!」

「絶対アンタらのせいだろ!あーもう……あれ、本物の警察だろ……。追い返しちゃったよ……」

「すごい武器持ってたのに、弱っちいなぁ」

「本当に本当に怒るからね。警察なんて来たのお前とジャンボのせいだろ」

「え?なんで?」

「そんなでかい武器持ってたら、そりゃ通報されるよ!」

「ええー!?捕まる!?」



 チョコは頭を抱えて、バニラの横に座った。

バニラはマチェーテをどっかにやれと、震える声で呟いている。

偽物だってば、とか言いながらチョコにマチェーテでつつかれてまた涙目になっていた。



「もう、物騒なの終わり!来年はほんとにしっかりしてよね」



 店主はチョコからマチェーテを取り上げて怒っていた。

その姿を店内の他の客はずっと面白そうに見ていた。

趣旨と違うことばかり起こるが、お祭り騒ぎとしては成功なのだろうか。

無理に納得しようと店主はため息を着く。


 しかしまた、扉が開いた。



「いらっしゃい……あ、さっきのおまわりさん」



 大泣きしながらも、通報を受けた使命感でなんとか戻ってきたのだろう。

警察官はお守りのように武術の武具を握りしめて、なんとか扉を開けた。


 なのに、今度は店主がマチェーテを持ち、誤魔化すように笑って迫ってくる。

その後ろでは、ハッと顔を上げたジャンボが、くるりと後ろを向いた。

そう、警察官の視界には、マチェーテを持ちながら笑う店主と、自分よりもやばい武装をした目つきの悪い客がいた。

拳銃?ダイナマイト?中華包丁?マチェーテ?


 しかも店内のほとんどの客は、見間違いだと信じたかったのに、どう見てもはっきりと血まみれだった。



「いやぁあああああ!」



 警察官はキャパシティを遥かに越えた恐怖に、ばたりとたおれる。

店主はまた頭を抱えた。

笑うチョコをバニラがポカポカと殴る。

まだ寝ぼけたジャンボは、思わず聞いた。



「なにかの撮影ですか?」

「こっちのセリフだよ!!!」



 店主は倒れた警察官をなんとか座布団の上に運びながら怒鳴った。

店内の客は、酒も入ったせいで、大笑いしている。

ある種の地獄絵図だ。これなら悪霊の付け入る隙もないだろう。

店主はやけくそに思った。


 また開いた扉の先には、血まみれでやばい格好をした客が現れる。

バオズぶつけるぞお前ら!

そう怒鳴るも笑い声ばかりが帰ってくる。

悔しいが、少し楽しかった。


 過去一番の賑わいを見せる店内で、店主はため息をつく。

また、来年もやろう。

こっそりとそんな決意もして。



終わり

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