第2話
「ぎゃー!!!」
わけも分からずチョコは叫んだ。が、ジャンボは冷静に、店内の小道具や、店主の着けた角のクオリティをじっと見てしまう。
「かなりしっかりした作りですね」
「ジャンボ!こら!0点!」
店主は不満そうにジャンボを見た。
チョコはまだ角が生えた店主に怯えているが、さすがの店主でも、角が本当に生えてきたわけではないだろう。
「チョコは100点ね。素直でよろしい」
「いや、だって。撮影所で色々見かけますから……」
「そうだった。くそぉ」
店主はひらりと帽子をとって、被り直した。
その帽子に角がくっつけられていたので、帽子ごと外れたのを見て、やっとチョコも警戒を解く。
「生えたんじゃないのかよ!なんだよー!」
「角なんて生えるわけないでしょ!あのねぇ、素直なのはいいけど、さすがにやばいよ、チョコ」
「だってバオズやだから……」
「どういう意味?」
圧をかけられて、チョコはぴゃっとその視線から逃げた。
ジャンボはひとつ呼吸を整えて、改めて店内や外の飾り付けについて尋ねる。
「これはなんの騒ぎなんですか?なんかずいぶん本格的ですけど……」
「ああ、別に。仕入れは知り合いの猫野郎が……あーっと。そんなにコストはかかってないよ。こういう祭りが西の方であるからさ」
「ふーん……この骸骨とかかなりのリアリティですけど……本物じゃないですよね?」
「ねぇ、君たちウチをなんだと思ってるの?」
チョコはやっと笑って、よく分からないカボチャのお化けのような飾りをつついた。
「ハロウィンっていうんだ。10月の終わりにある祭りだよ」
「祭り……」
なんとなく、祭りという言葉は似合わないような、蜘蛛の巣までかかった店内に、ジャンボは不思議そうに首を傾げた。
チョコはカボチャをまだつついている。
「このカボチャなんなの?」
「それはジャック・オー・ランタン。頭がかぼちゃのお化け」
「へー!なんかカッコイイな!」
英語の発音が気に入ったようで、チョコは店内の他の飾りについても聞いて回った。
「これはー!?」
「それは魔女で、そっちのは墓」
「墓!?こっわ!!!」
「なんでそんなおどろおどろしい飾り付けなんですか……」
「ハロウィンっていうのは、死者が帰ってくるお祭りなんだよ。お盆みたいなもんかな」
「えっ」
チョコは少し考えて、改めて怖くなったようで、ジャンボの横に帰ってきた。
店主は悪い顔で、チョコに言う。
「死者が帰ってきて、生きてる人をあの世に連れていこうとするんだよ。
だから、生きてる人間ってバレないように、おばけの格好をするのがハロウィンなんだ」
「でも、魔女とか悪魔っておばけじゃないよな?」
「あ、んー……。そこら辺は、怖ければなんでもあり。怖い格好したやつ連れてくの、ホントのお化けも嫌なんじゃない?」
「そんな曖昧な。しかし、本格的すぎませんか?」
「せっかくなら、便乗してお祭り騒ぎしよっかなって。ハロウィンといえば、怖い格好をして驚かし合うのも醍醐味なんだ。トリックオアトリートってね」
「なんですかそれ?」
「お菓子をくれなきゃイタズラするぞ!ってこと」
店主は角が生えたまま、よいしょと屈んで、カウンターの下をゴソゴソとひっくり返す。
そしてびろーんとした、紙の束を見せた。
「で、うちはお菓子って店じゃないからさ。怖い格好できて『トリックオアトリート!』って言ってくれたお客様にはこちら。各種割引券を用意してまーす」
「おお!」
現金なもので、初めてジャンボも笑った。
チョコもすげー!と目をキラキラさせている。
「本当は子供達の遊びみたいなもんで、小さい子が仮装してきたら、大人がお菓子をあげるってぐらいなんだけど。
ウチは客層がほぼ大人だから、仮装してきてくれてら大人にもあげるよ。
ジャンボもチョコも、それぞれにね」
「うおー!やったぁ!」
「今月の終わりでしたっけ?」
「そうそう。バニラもその日は連れてきなね。せっかくだから賑やかにやりたくてさ」
「経営的に大丈夫なんですか?」
「なんでそういうこと聞くの。いいじゃん!ワシがやるって言ったらやるんだよ!」
「え、いや、まぁ、ありがたいですけど……」
チョコはもう、ワクワクしながらなんの格好をしようかな、なんて店内をキョロキョロ見ていた。
しかし、店主の悪ノリだ。また怖い顔でチョコに念を押す。
「いいかい?ハロウィンってのは、死者に連れていかれないように怖い格好をするんだからね……?
なまっちょろい格好じゃ、子供なんてひと抱えだよ」
ウェヒヒ、と特徴的な笑い声ともに、店主はチョコを脅した。
チョコは単純の極みだ。もう怯えている。
「やめてくださいよ、子供をからかうのは。当日人が来なくても困るでしょう」
「くーっ!ジャンボのくせに!」
「親ですから」
当たり前のようにすんなりと出た言葉に、店主は一瞬だけ感慨深そうに笑った。
「仕方ないね。で、今日は何買いに来たんだ?」
「いつもの……のつもりだったんですが、期間限定のお菓子もあるんですね?」
「そう……まぁ、月餅なんだけど。知り合いにハロウィンの話したらカボチャ餡のやつ寄越してきてさ」
「へー。じゃあそれも貰おうかな」
なぜか店主はどことなく悔しそうにしながら、砂糖入りの豆乳やバオズや月餅を、紙袋へ詰めていく。
「お代はツケなしでね!」
「え?俺ツケたことありましたっけ」
「ん、いや、今まではツケありにしてたんだけどやめたの!」
「えぇ。やっぱり経営状況」
「うるさい!さっさと金を出せ!」
「強盗ですか?」
ジャンボはなんなんだと笑いながら、財布を開けた。
その横でチョコが神妙な顔をしているのを、この時はまだ気が付かなかった。
紙袋を受け取って、なんとなく頭を下げて店を出て、いつも通りチョコと手を繋いで歩く。
「ねぇ、ジャンボ。めっちゃ怖い格好しようね」
「え?」
ジャンボは少しして、チョコがお化けをかなり怖がるタイプなのを思い出す。
ホラー映画の話はいつも泣きながらジャンボから聞いていた。
映画の話は聞きたいが、ホラーは怖いらしくて、やめろよー!なんで騒いでいるのが日常だったのだ。
「バオズやの話、あんまり真に受けるなよ。俺、幽霊なんて見たくても見えないよ」
「見たくないよ!!!」
言葉のあやと言うもので、チョコは情けなく泣き出した。
ジャンボは額を手のひらでおさえ、10月の終わりに思いを馳せる。
当日、チョコは留守番の方がいいだろうか?
割引券、あると助かるんだけどなぁなんて、また現実的なことばかり考えていた。
そのせいで、自分の仮装というのを、前日まですっかり考えていなかった。
明日はバオズやが言うにはハロウィン。
死者が戻ってきて、生者は仮装でやり過ごす、らしい日。
その前日はと言うと、かなり仕事が遅くまで続いてしまい、もうほとんど真夜中の時間に、ジャンボはふらふらと四合院に帰ってきていた。
チョコとバニラは慣れたもので、ジャンボの夜食まで用意して先に眠りについていた。
あまり音を立てないように扉を開けて、寝台から一番遠い明かりをつけて、ジャンボはため息とともに椅子に腰かける。
一人ならそのまま寝台に倒れ込んで寝てただろう。
でも、用意してくれた食事を食べたくて、ついテーブルの方に歩いてしまう。
スケジュールのささやかな誤差が、大きく響いていき、この始末だ。
すっかり疲れたまま、ジャンボは箸をそっと動かした。
眠気と戦いながらの食事はなかなか進まず、少しだけ……と思いテーブルに顔を伏せたのが良くなかった。
ジャンボはそのまま眠ってしまった。
寝台にもたどり着けないほどの疲れは久々だった。
そして、そのまま時は過ぎ、部屋に朝日が差し込む。
一瞬だけ鳥の鳴き声が遠くに聞こえて、仕事、と顔を上げたが今日は休みだ。
ジャンボはそのまま二度寝した。
その内に起きたバニラは、眠るチョコとジャンボに内緒で、なにかゴソゴソと準備している。
「……よし」
バニラはテーブルで眠るジャンボの肩を叩いた。
「おーい、ジャンボ」
なかなか起きないので、もう少し強く揺らしてみる。
「ジャンボったら」
テーブルで寝てしまうほど疲れていたのだろうか。
でも、どうせなら、起こした瞬間に少し驚かせてみたかった。
そんな純粋な気持ちだったのだけど。
「う…うぅ……」
ジャンボは低く呻き声を上げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます