第二章 空

 一面の緑の稲穂が、風に揺れている。


 風景は一枚の絵のように、電車の窓に縁取られている。


 夏の太陽が、梅雨明けを待っていたかのように力強く照らしている。


 田舎の支線で二両しかない車両は冷房もついていなく、開けられた窓からの風が静江の髪を揺らしていた。


 向かいのシートで勇はうつむいたまま、携帯のTVゲームに没頭している。


 短いため息をついた後、静江は風景を見つめている。


 (何年ぶりかしら・・・

 あなたの故郷に帰るのは・・・)


 一学期の終わりに当校拒否になった勇の気分転換と自分の仕事の事もあり、思い切って夫の実家に夏休みの間、勇を預ける事にしたのだ。


 静江もこのところ勇の事での悩みや仕事の忙しさで、身体共にクタクタになっていた。


 このままでは二人ともダメになってしまうと思った。


 自分の実家に預けてもいいのだが、勇を溺愛している祖父と祖母では、勇のわがままに拍車がかかるだけだと思ったのだ。


 夫の実家は父の善造が一人で農家を営んでいた。


 母は数年前に亡くなっていた。


 この善造は夫に輪を掛けて、厳格で無口であった。


 勇をつれていっても、孫に対する態度もそっけなく厳しかった。


 ただ、どことなく夫に共通する愛情のようなものは感じられるのか、勇にしてもこの頑固な祖父がそう嫌いではなかった。


 母に夏休みの間、祖父と二人きりで過ごすと聞かされても拒否はしなかった。


 どちらにしろ友達もいない勇は、一人家に閉じ込もってTVゲームをする事ぐらいしか計画もなかったのである。


 音をたてて、きしませながら電車は駅に着いた。


 線路が一本しかなくて、コンクリートのひび割れたプラットホームは、夏の太陽に照らされて風景を陽炎のように揺らしていた。


 二人が電車から下りると、駅舎の前に大きな目をギョロつかせた善造が立っていた。


 セミが、けたたましく鳴いている。


 「お忙しいところをすみません。

 お世話になります。

 勇ちゃん、あいさつは・・・?」


 「こんにちは・・・」


 消え入るような声で、勇が言った。


 「よく、来た」


 善造は一言そう言うと、先に歩いていった。


 駅舎といっても無人駅で、小さな小屋に切符を入れる箱がついているだけであった。


 静江は二人分の切符を箱の中に入れた。


 駅を出ると、古ぼけた小さなトラックが置いてあった。


 善造は二人の荷物を後ろの荷台に乗せ、言った。


 「勇は、後ろに乗れ」


 勇は善造の節くれだった手に捕まり、荷台にのぼった。


 そこには農機具等と共に干し藁が積まれてあり、ちょっとしたクッションになっていた。


 ただ荷台の鉄の部分に触ると、夏の太陽にさらされていて、火傷しそうな程熱かった。


 勇は少し窮屈な格好で座った。


 静江が助手席に乗り込むと、トラックはガタガタと発車していった。


 空はどこまでも遠く、セルリアンブルーが広がっていた。


 向こうに見える山の上に大きくてあつい、入道雲が沸き上がっている。


 勇は時折、触ってしまう熱い鉄板に気を取られながらも、眩しそうに空を見上げている。


 こんなにじっと空を見たのは、初めてであった。


 静江は口を開くきっかけがないまま、トラックの揺れに身をまかせていた。


 トラックは町の道からやがて山道に入り、ますます音をたてて揺れながら善造の家に向かっていった。


 山の木々が太陽を遮り時々もれる光が、シャワーのように勇の目に飛び込んでくる。


 セミの声がさっきと違う気がする。


 影になっただけで、空気はひんやりと冷たく感じた。


 かなり駅から遠いのか長い時間であるにもかかわらず、勇はTVゲームもしないで空を見上げていた。


 勇は、小学校四年生。


 十歳になる夏であった。  


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