勇(いさむ)君の夏休み

進藤 進

第一章 うそ

 鉛のようなパンチがとんできた。


 勇はうめくようにつぶやいた。 


 「クッソー」


 相手の屈強な筋肉から、容赦無い攻撃が続いている。


 どんどん追いつめられていく。


 あと一撃もらってしまうと、終わりである。


 大きく振りかぶった拳が、顔面をとらえる寸前、勇は軽やかに身体をひるがえし、後ろに回転しながらキックをおみまいした。


 カウンター気味に入ったのか、相手は大きくのけ反り倒れ込んだ。


 勇は、すかさずパンチやキックを繰り出している。


 「そら、どーだ。コイツメー、死ねー」


 相手の顔が徐々に、クラスメイトのアツシの顔に重なってくる。


 やがて力なく崩れるようにダウンした。


 「やったー、ザマーミロ!」


 勇はコントローラーを持ったままバンザイをした。


 テレビの画面に、終了か続けるの表示が点滅している。


 「勇、いいかげんにしなさい」


 母の静江が、耐えかねるように言った。


 「お母さん、

 聞いているだけで恐くなるわ・・・。

 勇ったら、そんなキタナイ言葉を使って」 


 勇は一瞬振り向いて母の顔を見たが、すぐ無視するようにゲームを再開していった。


 「もう、勇ちゃんったら・・・」


 静江はため息をついて、途中になっていたアイロンかけを続けた。


 (お父さんが生きていてくれれば・・・。

 前は、素直ないい子だったのに・・・)


 勇の父は二年前、事故で亡くなっていた。


 厳格な父であった。


 包むような愛情で、妻と息子をいつも見つめていた。


 こんな時、父が一言「やめろ」と言えば、勇はすぐテレビのスイッチを切ったであろう。


 もし、今みたいに知っていて無視した態度をとったなら、どんなに怒られるか分らないからだ。


 よける暇もない程の電光石火の平手打ちが飛んでくる。


 目の前に、文字どおり火花が散るのだ。


 自分が知っていながら嘘をついたり、ごまかしたりする。


 そう、自分に嘘をつくような卑怯な態度を、父は絶対に許さなかった。


 恐くて痛くて・・ワンワン泣いた。


 そんな時の父の顔は、この世のどんな怪物よりも恐かった。


 そのかわり・・・。

 そのあと優しく抱きしめて頭を撫でてくれた。


 そして一緒に遊んだり、何か買ってくれたりするのだった。


 恐くもあり、頼もしくもあった父であった。


 その父も今はいない。


 勇も心の中では、わかっているのだ。


 父がいつも言っていたように、自分に嘘をついてはいけないと・・・。


 でも、いつしか時の流れに徐々に臆病で、嘘つきになっていく自分に気がついていた。


 学校でも友達がいない。


 父が死んでから、母に対してワガママし放題になり、クラスでも嫌われていた。


 そして、この頃よくイジメられるのであった。


 アツシという男の子がいる。


 運動神経がよく、クラスのガキ大将だ。


 最初のうちは遊びにも誘ってくれたのだが勇のワガママにだんだん嫌気がさして、仲間はずれにしていった。


 そして、今では色々とみんなでイジワルをしてくるのだった。


 勇もアツシが大嫌いであった。


 でもケンカも強く、子分のような男の子もいつもまわりにいて、睨まれただけですくんでしまう。


 「おい勇、消しゴム買ってきてくれよ。」


 お金も渡さずに言ってくる。


 渋々買ってくると、わざとらしく言うのだった。


「何だよー、こんなダサイの買ってきて・・・。俺、こんなのいらねーや。」


 そう言って勇に投げ返すのだ。


 廻りのとりまきの奴らも、一緒になって笑う。


 こうした事を巧妙に、先生にわからないように、数日ごとに行なう。


 忘れた頃にイジワルされるので勇は終始ビクビクし、ますますクラスの中で取り残されるのであった。


 今、勇にできる事といえば、こうして格闘ゲームにアツシの顔をだぶらせて、ウップンをはらすしかなかった。


 幼い心は、もう爆発寸前であった。


 いつしか、勇は学校を休むようになっていった。 

 

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