余計な一言

 翌日アルルの手紙は摂政である長兄エント=エドの手に渡り会議が開かれることとなった。ミトももちろん詳細を知るものとして列席させられるハメになり、薄々覚悟はしていたものの苦々しい顔を隠せずにいた。

 手紙は要約すると内容こうだった。


〈カイエン家当主は現在は病床にあり、政務に参加できない状態が続いている。その中で皇宮内でカイエン家に謀叛の疑いをかけ取り潰そうとするものがいるとの噂が経ち、一部の過激な家臣が滅ぼされる前に一矢報いるべきと決起にはやって暴走しかけている。必ず、家臣を抑えるため、時間が欲しい〉


 ミトは1番端の座席で頬杖をつき、手紙を読み上げる長兄の凛と澄んだ顔を見つめていた。


(内容はあらかた俺の想像通りだが、問題は真偽の程だな)


「この手紙の内容は真っ赤な偽物。我々を油断させ、戦の時を稼ぐ策である。即刻軍を差し向け、カイエン家を悉く滅ぼすべきである」


 そう主張したのは皇帝の次男で、現在は帝国軍元帥代理を務める偉丈夫のロエン=エドであった。

 ロエンはその大きな鼻を鼻息でさらに広げて言う。


「戦国の世が去ったとはいえ大陸平定から30年カイエン家以外にも戦場で死ねなかったことを嘆くものも多い。天下泰平の世を作るためにも帝国軍の強大な力は未だ健在だと見せつけて、反乱の芽を積むことこそ肝要と愚考いたしますぞ。兄上」


 幾人かの家臣もそれに同調し声を上げる。

 エントは摂政としてそれらの意見を手で制して言う。


「ロエンの言に一理あることもわかる。だが、私はあの戦乱の時期を僅かでも生きたものとして、再び戦火が起こること望まない。ゆえに私個人の意見としてはアイン=カイエンが見事家中を収めることを望む」

「兄上!」


 ロエンは机を叩いて抗議する。

 エントはそれに対して分かっているといった風に真顔で頷くと力強く発言した。


「私個人の意見は先の通りだ。ただしかし!カイエン家の治める東方ニエンの地は街道の要衝であり、もし、反乱が事実であったならばらこの帝都も危険に晒されるであろう。故にわたしは摂政として決断する。ロエン、貴殿を総大将としてカイエン家への帝国軍派遣を行なう」


 ロエンの腰巾着であろう幾人かの家臣からは拍手がなされる。ロエンはむんずと立ち上がり宣言した。


「兄上、ご命令拝命いたします!」


 エントはロエンのその様子を見て落ち着けと言わんばかりに言葉を続けた。


「ただし、こちらからの先制攻撃はなしだ。事前に使者を立て反抗の意思ありとなった場合のみ侵攻を許す」

「兄上、このロエン必ずや、お役目を果たしてまいりましょう」


 ロエンは深々と首を垂れると着席した。

 議場の雰囲気はこれにて閉幕といった様であったが、議場の端から手が上がる。


「兄上、意見具申をよろしいでしょうか」 

「よかろう、ミト。申せ」

「先ほどより使者の持って参りましたる、書状の内容について、その真偽が議論致すところでございますが、私はその書状の内容は真。まことの内容であると愚考いたします」


 これまでの議論をひっくり返すような発言に議場は僅かにざわめく。


「その根拠はいかがなものか」


 エントはざわめきを無視して問う。


「まず何よりも、先日我が屋敷に参った使者の尋常ならざる様子。あれは決して演技ではなく、身命を賭して役目を果たさんとするものの目でした」

「ミト、主観で者を申すでない!」 


 ロエンが喚き散らす。しかし、ミトはそれを無視して話を続ける。


「そしてもう一つ。使者どもは我が屋敷に参る前に賊に襲われたとのことでした。これを考えるにカイエン家を滅ぼしたい一党がおり、そ奴らが王宮にはカイエン家反乱の兆し有りとの噂を流し、一方のカイエン家には王宮が忠信を疑っていると噂を流したのではないでしょうか」


 ミトは軽く咳払いをして続ける。


「さすれば、カイエン家が使者を使わしたこと、そしてその使者が襲われたこと共に説明がつきます。故にその書状の中身は真。カイエン家に謀叛の気はございません。無駄に軍を差し向けるよりも、使者をたて皇宮としてもカイエン家に対してその忠義を疑っていないと述べればそれで解決いたしましょう」

「ミト! 貴様!」


 ロエンが激昂する。


「まあ待て、ロエン。ミトも甘いぞ。もし使者を立てその忠義を疑っていないと申したとしても、病床にあるカイエン家の当主が決起にはやる者どもを止めることが出来なければ意味がない。お前の考えは単なる理想論にすぎん」

「しかし、戦ともなれば……人死が出ます。土地を追われる民草も出るでしょう。そんなことは……看過できません……」

「ミト。もう良い。お前の優しい心持ちはよくわかった。だが、政には全体を見据えた判断が必要だ。そしてそれは時として、仁義に背くこともある。大局のためには切り捨てなければならぬ駒もあると言うことだ」


 エントは優しい笑顔で諭すように言う。


「……ますか……?」

「ミト、何と言ったか?聞き取れなんだ」

「上に立つものに、仁義無くしてどうして国が治りましょうか⁉︎ 徳なき政でどうして民は幸福になれましょうか!大局のために捨てられる駒にも命はあるのです!」

「……わかった。もう良い。今日はもう下がれ。ミト。やはりお前はまだまだ子供だ。お前に政治にはまだ早かったようだ。それと、カイエン家からきた使者だが、ゆめゆめ逃すことのないように、しっかりと監視の者をつけておくように」


 議場を後にしたミトは冷静になり己の軽薄さを呪い青くなった。


(いらん、一言を言ってしまった……)

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