新説巌流島~宮本武蔵はなぜ佐々木小次郎を殺さなかったのか~

デバスズメ

~宮本武蔵はなぜ佐々木小次郎を殺さなかったのか~

宮本武蔵はなぜ佐々木小次郎を殺さなかったのか。その答えは、誰もが知っている巌流島の決闘に隠された歴史だけが知っている。


「遅いぞ武蔵!」

「待たせたな小次郎!」

佐々木の待つ砂浜に宮本の小舟が到着する。あえての遅刻という作戦が功を奏したのか、すでに佐々木の心は落ち着きがない。


……いや、佐々木の心は別の意味で落ち着いていなかった。

「お前誰だ?」


「誰だって、そりゃあ宮本だよ」

「下の名は?」

「ん?」

「下の名は何かと聞いておるのだ」


「……さし」

「んん?」

「みやもと……さし」

「声が小さくて聞こえねえぞ!腹から声出せや」


「みやもとばさし」

「ばさし」

「はい。本日代役でやってきました。宮本馬刺です」


「おまえなあ、よくもまあその馬面で第約が強まると思ったなあ?え?」

「はい。すみまヒヒン」

「声まで馬出てきちゃってるじゃん」


「いやでも、二刀流の方はちゃんとできますんで。浜でも芝でもどこでも走れますんで」

「そっちの二刀流かよ。じゃあその刀はなんなんだよ」

「人参光ヒヒン」

「ただの弁当じゃねえか」


「一振り食べます?」

「やめろこらその人参をしまえ。ってかもう鞘から抜いたらフニャフニャじゃねえか」

「人参ですから」

「そうだろうな!そうだろうよ!」

「ヒヒン(ポリポリ」


「まったく決闘サボるたあいい度胸じゃねえかよ宮本武蔵」

「いや、さぼったわけなじゃいんですよ。『孤島での決闘なんかしたらいざってときに逃げられないじゃあないか』ってことらしくて」

「……なんちゅーやつじゃ」


「しかし、しかしですよ」

「なんだ?」


「あなたも小次郎じゃないですよね?」

「……」

「聞いていた人相とはだいぶ違いますが……?」

「……」


「ああ、そうだよ。俺は大次郎。俺も代役だよ」

「やはり」

「なんでわかった?」


「いやあ、もしあなたも代役だったらワンチャン有耶無耶にできたりしないかなって思って」

「わからなかったのかよ!お前それで俺が本物だったらどうするつもりだったんだよ!」

「泳いで逃げようかと」

「結局戦う気ねーじゃねーか!お前ここに何しに来たんだよ!」


「ところであなた」

「こっちの話は馬耳東風か?」

「馬だけに馬耳東風ですか。ッヒッヒッヒヒン」

「なんだその笑い方」


「まあそれはさておき」

「一切ぶれないな」

「レースでは自分のペースを保つことが重要ですから」

「もういいよ!話が先に進まねえ!」


「それじゃあ話を先に進めますが、これからどうします?」

「どうするって……」

「代役どうしだったとしても決闘は決闘。記録は残ってしまいますが、正直なところ殺し合いはしたくないです」

「そりゃあ俺だっておんなじだよ」


「というわけで」

「というわけで?」


「ここは武蔵が勝ったことにしてあなたは負けてくれませんか?」

「ええ……」

「流石に両方が生きて帰ったんじゃあまずいですし、両方死んだってのも無理がありますし、なにより武蔵は生きてますからね」

「小次郎だって生きてるぞ?」

「知名度が違いますヒヒン」

「知名度が」


「宮本武蔵と佐々木小次郎、どっちの顔が知れ渡っているかといえば宮本武蔵。本物の佐々木小次郎が生きていても人違いで済ませられますが、死んだ宮本武蔵が歩いてたとなった日にはもう大事でウマ」

「なんだその語尾は」


「それに、本物の佐々木小次郎はすでにどこかへ旅立ったと聞いています」

「……!その話を何故知っている?」

「あ、そうだったんですね」

「また引っ掛けかよちくしょおおおお!」


「この決闘は多くの人が待ちわびたものだったでしょう。しかし、本人たちにとってみれば、周りが勝手に盛り上がっていただけなのかもしれません」

「まあそりゃあ、そうかもしれねえな……」


「わかっていただけましたか」

「ああ……」

「では一旦帰って勝ったことにしてきますので、数日お待ち下さい」

「数日待つって、その後どうするんだよ」


「こんな事になったのもなにかの縁。私と一緒にダービーでも目指してみませんか」

「ダービーってなんだよ!」


……その後、二人は旅に出るのだが、残された記録はここまでである。彼らが異国のダービーで大番狂わせを起こしたのかは、隠された歴史だけが知っている。



宮本武蔵はなぜ佐々木小次郎を殺さなかったのか。その答えは、そもそも二人は戦ってなどいなかったからである。


おわり


(諸説あります)

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