第5話

「ちょ、だからちが……」


「まぁまぁ許してやってよ」


 山本の腕が俺の肩に乗った。


「しっかり俺が言い聞かせておくから。何かヘンなこととか、されそうになったら、いつでも俺に相談して」


「私も!」


「私にも。いつでも相談してね」


「だからなんでそうなるんだよ!」


 俺がどれだけ訴えても、全員「まぁまぁ」としか言わないし、否定すればするほど墓穴を掘っているような気が、自分でもしている。


舞香は「私、バス停反対方向なんで」とか言って先に帰っちゃうし、みゆきと希先輩も信号を渡って違う路線へ行ってしまった。


山本と二人取り残される。


「……。お前さ、いくら気になるからって、犯罪だけは犯すなよ」


「ないって!」


 猛烈にイラつく。


だけど、あの日見たことを誰かに話して、信じてもらえるかどうか。


それをやってみる勇気も自信もない。


夕暮れのバスに揺られながら、赤く染まった街並みを眺める。


もーいやだ。


学校行きたくない。


なんで俺がこんなことで悩まなくちゃいけないのか。


駅で山本と別れると、俺は電車に乗った。


すっかり暗くなった車内で、窓ガラスに映る自分の顔を見ている。


1年の頃の舞香って、どんな感じだったっけ。


別に普通だったよな……。


彼女の記憶をたどりながら、俺はその振動に体を預けていた。


 不幸な偶然は続くもので、その翌日には、ぎゅうぎゅう詰めのバスから下りたところで、登校途中の舞香とばっちり目が合ってしまった。


「あー……。おはよう……」


 さすがに無視するわけにもいかなくて、何となく隣に並ぶ。


彼女も一緒に歩いてくれているけど、並んで歩くその距離感が微妙にぎこちない。


森の中を貫く地獄の坂道を、一直線に上ってゆく。


どうしよう。


昨日の誤解を解かないととは思うけど、好きだとか好きじゃないとか、そんなことを説明して話すのもむちゃくちゃカッコ悪いし、逆に失礼じゃない?


「あのさ。俺、別に……。えっと、変な目でっていうか……その……。普通! 普通に思ってるから……」


 彼女の黒い髪が肩先で揺れて、そのままプッと吹き出した。


「うん。分かってるよ。大丈夫だから、私も普通にするね」


「はは……。ありがとう……」


 にっこりと微笑むその笑顔は確かに眩しいけれど、『普通』に見られる自信はない。


本当に何とも思ってないのか、それとも俺に見られていたことを知らないのか、彼女はやっぱり『普通』に見える。

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