二刀流よりも一刀流

天鳥そら

第1話二刀流よりも一刀流

一刀流が良いか、二刀流が良いか。議論は分かれるところだと思う。一刀流には一刀流の良さが、二刀流には二刀流の良さがあるのだから。


「一刀流だよ。一刀流!絶対かっこいい」


「俺は、二刀流だな。二本の刀を持つって大変なんだぜ?」


満開になる前の桜の木の下でぎゃいぎゃいわめく少年少女が二人。どちらも、中学校の制服を着ているが、話している内容はまだまだ子供だといえるものばかりだった。


「だってさ、映画で見たときかっこよかったんだもん。気合い入れて、しばらく無言でにらみ合い、とりゃっ!」


少年漫画で連載されていた漫画が実写版となって映画館で公開された。その映画を見て以来、少女はすっかりチャンバラのとりこになっている。主演俳優だった男のことを話すときは、まるで恋しているみたいで少年は面白くなかった。


「それよりも、俺は、二刀流をはじめて遣った宮本武蔵こそかっこいいね」


どちらも自分の推しを譲らない。桜の木の下から歩き出し、すいぶん歩いたというのに話題は一向に変わらなかった。結論が出ないまま、二人は家にたどり着いてしまった。


「一刀流!」


「二刀流!」


二人の家はお隣同士といいたいところだったが、間に一軒はさんでいる。気のいいおじいちゃんおばあちゃんが二人で暮らしているのだ。少年少女は、小さいころから面倒を見てもらっているので、祖父母に対して持つような親しみの気持ちがある。


声を荒げていた二人は、ふと黙って年老いた夫婦の住む家を見上げた。家の中は静まり返っている。


「おじいちゃん、おばあちゃん、元気になるといいね」


ぽつりとつぶやく少女に無言でうなづいた。一週間前から、病院に入院したきり帰ってこない。詳しい話は知らないが、今、流行している病に感染してるのではと近所でささやかれている。


二人は顔を見合わせると、争っていたことを思い出しお互いにふんっと顔をそむけた。



その夜のことだった。中学生になってから通うようになった塾からの帰り道だった。自宅での授業が多いものの、もともと個別対応をするシステムだったため、希望者は塾での勉強が可能だ。家にいても集中できずイライラすることがある。家族にとっても少年にとってもちょうど良い気分転換だった。


少女とけんかしていた桜の木の前を通りかかったとき、妙な男をみつけた。昔の武士が着るような着物を着て、桜の木をにらんでいるのだ。黒々とした総髪は、束ねておらず肩の下まである。


「変な人かな。いやだな」


時代劇に出てきそうな男だが、あまりに異様すぎる。映画やドラマのロケがあるわけでもないのにおかしいではないか。桜の木から離れようとしたとき、男が腰を沈めた。視線は桜の木に向けたまま、腰元に手を当てる姿は、時代劇でよく見る抜刀する前の構えと同じだった。


「何する気だよ。気味悪い」


そう思いながらも、少年は吸い寄せられるように男のそばに寄っていく。十メートルほど離れた場所で自転車を止めた。ぴんと張りつめた空気に息を飲む。男は桜の木に視線を向けたままだ。


男の視線を追っていき、思わず声を上げそうになった。桜の木から、妙なもやがでてきたからだ。夜で暗いといっても近くに街灯がある。桜の花びらが発するぼんやりとした薄明りに黒いもやがかかっていた。そのもやが、のそりのそりと男の方へ流れていく。


やばいんじゃないのと思った瞬間、男は刀を抜きはらった。一瞬の出来事で声を上げる間もない。黒いもやは消え去り、何事もなかったかのように桜の木がたたずんでいる。男は刀を鞘におさめると一礼をした。


「なんなんだよ?夢?」


「悪いものを払っただけだよ」


いつの間にそばにいたのか、五歳ぐらいの男の子が少年を見上げていた。こんな時間に危ないとか、親はどうしたんだとかそういったことは思い浮かばなかった。ただただぽかんと口を開けていると、男の子はがかわいらしいえくぼをつくる。


「このあたりに、病が流行しそうだったんだけど、桜の木を媒体にして集めて一度に払ったんだ。驚かせてごめんね」


「いや、あの」


「危険なことはないけど、早く帰った方がいいよ。もう遅いから」


少年はふと顔を上げて桜の木に視線を向けたが、すでに男の姿はない。慌てて男の子の方に顔を向けたが、男の子の姿も掻き消えていた。


「一体、何だったんだ」


この日の不思議な出来事を家に帰っても、親に話す気になれなかった。ただ、刀を抜いた男の映像が頭からなかなか消えない。


「一刀流がかっこいい!」


少女の真っ赤な顔が浮かんで頭を掻きむしった。




次の朝、むっつりとした顔で家を出ると、まるで待ち合わせでもしていたかのように少女も家から出てきた。


「おはよ」


「はよ」


挨拶は交わしたものの、二人は押し黙ったまま口を開かない。昨日の桜の木の下で見た出来事を少女に話そうか迷っていた。言葉が出てこないまま、桜の木の下を通りかかる。満開に近づいた桜の木に目をやって、木の根元に地蔵菩薩が立っているのに気が付いた。


「あれ?こんなところにお地蔵様なんてあったっけ?」


少女が驚いて少年に声をかけ、それから地蔵菩薩に駆け寄っていった。昨日まではなかったのだ。二人で言い争っていた時には影も形も見当たらなかった。


「私たちが帰った後かな?お賽銭もあるみたい」


少女に返答もせず少年は地蔵菩薩を見つめていた。


「夢じゃなかったんだ」


「何?どうしたの?」


少女が首をかしげるのに思わず笑った。


「一体、何があったの?」


「いや、実はさ」


信じるかどうかはわからない。だけど、昨日見たものを少女にだけは話してみよう。それから、どれだけ、抜刀する男がかっこよかったかも。






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