...

 雪さんの予言通り、天さんは大会最終日まで勝ち抜いていた。

 三脚に立てたGoProのとなりで、天さんのヒートを待つ。

 「あ! たかしさん!」

ネコが嬉しくて仕方がないみたいに声をあげて飛び跳ねる。


 前のヒートが終わり、黄色いゼッケンを着た天さんが、ビーチに立つ。


 ゆっくり顔を上げる。

 静かに、海を見据える。

 凪いだ海のよう。

 静かな、いつもと変わらない天さんの目だ。

 右手の拳を、胸におく。

 左肩と胸の間、心臓の少し上。

 いまはゼッケンに隠れて見えないそこに、なにがあるかを、知っている。


 命をかけて戦う、剣と勇気が。

 大切なものを守るために。

 たった、たったひとりで。


 ホーンが鳴る。

 天さんと、ほか二人が海へ飛び込んでゆく。

 沖へでてしまうと、黄色、て、ゼッケンの色だけが目印で、もうだれがだれだかわからない。

 一本目、天さんは波を見送る。

 二本目、よりほれた波が上がる。

 天さんがピークを獲る。

 波間ではわからなくても、一度波にのってしまえば、ゼッケンなんかなくたってそれが天さんなんだって、ぼくたちには、わかる。

 大きなパドル数回で波を掴み、ふわり、ボードにのる。波のボトムまで滑り降りて、大きく、カーブを描いてゆく。

 波をなでるように。

 ゆったり、乱れない、大きく波を抱くようなマニューバがキレイな弧を描く。


 『イエロー、雨飾天…いいですね、大きなカービング…、最後にもう一つ、インサイドで…』


 手前の波がぶつかり崩れてくる寸前、宙に踊りでて最後、スープにブレることなく着水する。波をふり払うように頭をふり上げて拳を空に突き上げる。


 『……決めました! スコア…』


 興奮した実況が聞こえる。


 あたりまえだ。


 いま、波の上にいるのは、逗子総合高校下田分校三年、ぼくたちの天さんだ。よくて、当然だ。


 ぼくは競技サーフィンのルールなんか知らない。それでも、だれの気持ちだって掴むサーフィンなんだって、なにも知らないぼくでも、そう思うんだ。


 ぼくはほんとうに誇らしい気持ちで実況を耳に、三脚の横に、黙って座っていた。


 きっと、今井浜にある病院の窓からもこの海の青が、見えている。

 多々戸浜とはまた違う、太平洋にそのままでてゆく広く広く、広がる海の。


 梅雨の空に散る、この海の波の、しぶきが。


 天さんは十六.三(どうやってこの数字とかはまったく、もっといえば満点かいくつなのかもわからないんだけど、)のスコアで、無事、プロトライアルを通過した。




 「おぉぉぉぉおっ!」


 表彰が終わると、天さんはネコを肩車して海岸を走りまわっていた。

 「ひゃぁぁぁぁあ、はははっ! はやいはやい!」

「はははっ! おぉぉぉお! 落ちんなよっ、ネコ!」


 愉快でたまらない。

 楽しくてたまらない。

 しあわせでたまらない。


 トライアルを通過したからじゃない。

 雪さんの夢を叶える足掛かりをつくれたことが、だ。


 「雪く〜ん! いますぐ帰りますよ〜!」

「ますよ〜!」

 ネコを肩車したまま、スマートフォン越しに雪さんに手をふり、千葉の海を見せている。


 どの勝者も、友人や家族に担ぎ上げられて雄叫びを上げている。


 けどそれは天さんの勝利のかたちじゃ、ない。


 世界の海を見て、

 雪さんと。

 どこかふたりで、

 子どもたちと、

 楽しく暮らす。


 ああやって、肩車なんかして。


 一緒に波にのって。

 みんなで眠って、

 ケーキを食べて、

 砂浜でウクレレを弾きながら

 ディナーなんかして。




 大きな家族で。




 天さんの、

 守るもの。

 たった、ひとりで。

 勇敢なライオンが、守るもの。

 たった、ひとりで。


 それはじぶんの、家族プライド、だ。


 散々走りまわり、声が枯れるまでネコと叫んで、気がすむまでそうしているのを、ぼくたちはただじっと、見守っていた。




 後日、JPSAホームページの大会レポートに『息子と喜びをともにする雨飾選手』なる写真が掲載されて、ぼくはこっそりその写真をカメラロールに保存した。

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