I love,
空を仰ぐ。
砂浜に、大の字に転がって。
「はは。ガキみてぇだな」
天さんが笑う。
「天以外はガキだから」
雪さんが、小さく突っ込む。
「はぁ、眠ちゃいそうだよね」
「眠ちゃおぅよ、だれか起こしてよ」
月子さんと冴子さんが笑う。二人が白い砂浜に寝転んでるなんて、『サーフィンライフ』の、南の島トリップレポートの写真みたいだ。
「おいてくし、フツーに」
「マジサイテー」
つれないことをいって、ジュンがマナさんの腹パンを喰らう。
ぼくのとなりではもう、遊び疲れたネコが寝息を立てている。おいてけぼりを食らうかもなんて、一ミリも疑わない。(おんぶしてゆくのはぼくなんですけど? ここ最近急に身体がおっきくなってきたの、自覚してますか⁉︎)
「気持ちがいいよねぇ、」
ユウトがすっかり小麦色に焼けた手を空にかざして笑う。
「……、」
レオも真似て手をかざす。凶悪な目の奥の瞳が空を映す。
「は、」
二人が笑うのに、横でカイトさんが目を細めている。
ぼくが最後に見た空はまだ、たしか春の陽に霞んでぼんやりとしていたのに。いつの間にか春は、終わっていた。
いま、目の前に広がる
抜けるような青はきっと、
オゾンの色だ。
いつか教科書で見た
液体酸素の色。
夏を先取りしたように輝く青と、
刺すように肌を焼く陽に、
ぼくたちは、
梅雨が近いことを感じていた。
この空を忘れないように。
空が、海が、
しばらく五月闇に霞むとしても、
いつかまた、
この空の広がる季節が来るから。
耳をかすめる風がそう促しているようで、ぼくはゆっくり、目を閉じた。
「見放されたんでしょうか、ぼくたち…」
となりでユウトが泣きそうな声で呟く。ぼくはなにも返せずただ、上目で目の前の人物を見上げる。
小山先生は、ぼくが一度テイクオフできると、なんとさっさと右側のエリアで気ままにフリーサーフィンを楽しむようになってしまった。
いま、目の前で仁王立ちしているのは、
「一回立てたのと、波にのれるようになったのとは、違うから」
まじめくさった顔がやっぱり嘘っぽい、カイトさんだった。
そうですよね。
「てか、一回立てて、次も立てるとかじゃないから」
そうですよね。
事実、ぼくがテイクオフできたのはネコが呼んでくれたあのときだけで、それからは一日がんばって、やっと一回。しかも、浜に着く前にボードから落ちてしまうという、情けない有様だった。
「ネコが海に戻ってきてそれじゃ、ガッカリするだろ?」
はぁ、
ネコは病院から自主退院? してからあしたまで谷川先生監視のもと、安静命令がでている。
それでも目を盗んでは海にいこうとするので、放課のベルをゴングに谷川先生との攻防を繰り広げている。
そんなに走りまわれるなら海に入れるんじゃないかと思うんだけど、「まだ薬の抜けない状態で海なんか入れらんない!」と、天さんも珍しく目くじらを立てていた。
「て、わけだから。のれるようになるまで、オレが見てやるよ」
えぇぇえ!
「えぇぇぇぇ〜! ぼくもですかぁ⁉︎」
ユウトとぼくとで、思わず固まる。
「お前らさぁ、やっぱり失礼だよね」
「レオくんは…?」
カイトさんの示す先では、レオが一人ですでに黙々と練習をはじめていた。
「レオの手も離れたし」
まさか! 小山先生はそれを見計らっていたのか⁉︎
「はは、まぁ、がんばれ」
ショートボードのエリアへ向かう天さんに助けを求めて顔を向けるけど、軽く笑っていってしまう。
ひとりで歩いてゆくその背中が、少し寂しそうだ(体調がすぐれないようで、雪さんはここのところ授業も休みがちだ。)
「はは、残念でした」
天さんにも見放されたぼくたちにカイトさんが悪い顔で笑う。
「二時間、八千円」
いや、ぼく、そんなお金ないし!
「え? なに、コータ」
「あ、お金ないし、ていってます」
「よくわかんな、ユウト」
「ぼくはママにお願いできますが、コータ先輩は勘当されてるんです」
「へぇ」
多大なる誤解だ。どっからでてきたの、その情報…
「そうなの?」
ぼくはあわてて首をふるけど、お金をだしてもらえないであろうことは確かだった。うつを患い名門私学を退学。後ろ指を指されるような県立高校へ編入し、あげく波乗りに興じているなどと知られたら、それこそ勘当だ。
「じゃあ、出世払いで」
いやいや!
これではぼくも、レオと同じように借金のカタに買われてしまう。
なんとしても(どうなったらカイトさんのいう『のれる』なのかわからないけど)あと三日のうちにはのれるようになろうと心に決め…
「いま、さっさとのれるようになろうとか思ったでしょ」
えええええ…
「そんなに甘くないから。コータの身体能力で、五年くらいかな」
五年⁉︎ いえ! あと一年と少しで卒業ですから。そしたらもう…あれ…もう、
そこまで考えてことばを失う。
もう…?
「やっぱ、あと五年、な?」
呆然と宙を見つめるぼくの頭を、カイトさんはそう優しく目を細めて、ワシャワシャとなで回した。
ぼくにも、もう帰る家が実質ないことを、いまさらやっと、自覚したのだった。
夏前の、第一回進路調査が近づいていた。
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