...


 「優しい子なんだ、て、ことも」


 なにも返せずに、ただ、カイトさんのとなりで膝を抱えて、海へ向かう。

 「ネコは忘れちまうよ。コータの与えたもん、きっとみんな、忘れちまう。まぁうちのチビも、な。子ども、て、そんなもんだ」

 きっと、そうなんだろう。ネコが『十六歳』になったとき、ネコはきっといまのネコを、忘れてしまう。それでも、

 「それでも、それがわかっていても、コータは顔を上げるんだろ? ネコの声がすれば」

小さく、頷く。


 きっと、ぼくはそうするんだろう。


 ネコがいまのこのぼくを、ぼくとの生活を忘れてしまうとわかっていても。

 「大丈夫。コータは、大丈夫だ。もう、」

 ゆっくり、視線を海からカイトさんに戻す。海を見つめていたと思っていたカイトさんは、ぼくを見ていた。パパの顔で笑う。


 「じぶんで空を、仰いだんだ」


 膜が張ったように視界が滲む向こうで、

 「いったろ?」

ニヤリ、カイトさんが悪い顔で笑う。

 「波乗りの目は、まだない波だって、見ることが、できるんだよ」




 空を仰ぐ。

 五月にはまだはやい夏の空が、

 広がっている。

 みずみずしい緑に盛り上がった山の向こう、

 大気の色そのままの、

 オゾン色の青空が。


 涙が、でそうだ。

 眩しくて目に染みるって、

 きっとこういうことだ。


 「ボケッとすんなよ! なみ、きてるし!」

 となりでネコが、ボードを返す。

 ひまわりみたいに笑う。

 陽を弾くしぶきを上げて。

 海をかく。

 波に押されて舞う。

 透明に発泡する、波の壁を走る。

 風になる。


 海に、

 すべてとかして、

 そうやってぼくたちは、

 少しずつ、大人っていうものに、

 なっていくんだ。

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