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 ん? どうやってとまるの? これ。


 勢いよく波の上を滑るボードは意外にもすごいスピードで、ターンもカーブもできるわけもなくただ波に任せて突き進む。


 浜に突っ込むっ


 そう思ったつぎの瞬間、

 「わっ!」

 波が


 ダバンッ


 と、派手に崩れて、ボードごと弾かれた。


 波に巻かれてなんとか顔をだし、スープに押されながらフラフラ立ち上がると、

 「うっわ!」

駐車場から駆けてきたネコに突っ込まれてまたスープに尻餅をつく。

 「しかたねぇから、かえってきてやった!」

 なんて、すべて忘れたように、笑う。


 なにひとつ、忘れてたなんか、いないのに。


 「…ありがとう、」


 泣きたくなるのに、つられて笑う。


 ネコの笑顔には、きっと魔法が隠れている。


 「のれてた、かな?」

ネコは答える代わりにウシシ、と笑って、お腹にタックルを決めてきた。迎え入れるように、その頭をなでる。

 「コータ!」

ボードを押さえてふり返る。

 カイトさんがシャカを高く掲げて、笑っていた。




 なんとネコは、病院のお昼にアンパンマンのイラストがついたパックジュースがでたことが気に障ったらしく、ビーフシチューを食べ損ねたら死んでしまうみたいな大騒ぎを起こして、ひろみ先生に引き取られてきたのだった。

 「子どもって、こわいな」

それを聞いて、たしかに子どもではない天さんが苦笑していた。


 その日の夕食に、寮母さんはビーフシチューとハンバーグと生姜焼きを、つくってくれた。






 カーテンから射す陽に、

 意識が浮上する。


 静かな朝だ。


 波の音も、

 風の音も、

 ない。


 ただ空を旋回するトンビの声と、

 腕の中で眠る、ネコの寝息と、

 それだけ。


 目を閉じる。

 鮮明に、浮かぶ。


 ボードの上から見た

 陽を弾く波のキラキラと、

 抜けるような空の色と、

 空を浮遊するような感覚と、

 

 それと、




 「のれたじゃん」

 人生初のテイクオフを決めたきのう。カイトさんはそう、ぼくの頭をぐしゃぐしゃっとなでまわした。

 「ちょっと、休憩。全力で漕いだら疲れたわ」

って、満足そうだ。

 「オレも!」

クーラーボックスからぼくの麦茶を奪おうとするネコは、

 「きょう一日、寝てないと、お医者さんとこに戻しちゃうよ!」

谷川先生に脅されて寮へ連行されていった。

 そのネコの不貞腐れた背中を見送りながら、ネコに呼ばれなければやっぱり顔を上げることなんて、できないんだろうな、て、ぼくは考えていた。

 「はは。まぁ、また巻かれるよ、コータは」

考えていたのを読んだようにカイトさんが笑った。


 はぁ…


 「みんなそうだから。大丈夫。…大丈夫」

「……?」

 カイトさんは、まっすぐ、海を見ていた。

 「知ってたんだ。オレ、」

いや、海を見ているようで、もっと遠くを見つめていた。フッ、と、口元が緩む。

 「見てたから」

懐かしいものを手にするように、目を細める。

 「でっかいキャリー、イルカぶら下げて、引きずってバス通りから降りてきた、もやしみたいな男の子を、オレ、知ってるんだ」

 ぼくは思わず視線を上げる。

 けど、カイトさんはやっぱり海を向いたままだ。

 「おどおど、頭下げながら、店の前通って海岸に降りてった。その子、海岸に降りた途端人が変わったみたいに、キャリー放りだして海に入ってちゃってさ」


 あ…なにか恥ずかしいことを思いだしたような気がする…


 「ああ、この子、海、好きなんだな、て、思ったよ。そりゃそうだな、鵠沼出身だもんな。はは。」

そう笑って麦茶を呷る。ぼくも麦茶で恥ずかしさを誤魔化す。

 「ネコが、きょうはルームメイトが来るから、て、みんなにふれまわってて、あ、この子か、て。見てたら案の定、ネコにびびってたけど、そのまま、ネコに手ぇ引かれて。キャリーもビーサンも浜に忘れたまんま、はは」

思いだしたのか、カイトさんはそこでまた笑った。

 「ああ、この子は、ネコの手をもう解かない、て、わかったよ。はは、そんなのわかんないじゃん、て、顔だね。じぶんの胸に訊いてみなよ。周りから見ればダダ漏れだったけど?」


 …あ、


 出会って二日目で、ぼくはもうこのもみじ饅頭に逆らえないと悟ったことを、思いだしていた。

 「オレ、知ってたんだ。コータがネコの手を離さないことも、必ず波にのれることも。必ず、この海の空を、見ることも」

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