【🏝完結🏝】Sky

...

　「ぼくがいなくても、問題ないそうなんで！」

「なになに〜」

ぼくが不貞腐れているに、天さんは愉快そうだ。

　ぼくは寮に来てはじめて、朝食のデニッシュをじぶんでトレーにのせてゆく。

　「べつに」

「あ、ダメダメ、そんなんじゃ足りねぇよ？」

「足ります」

つい不機嫌が顔にでる。いままではうまく隠せていたのに。

　「コータ、怒るとかわいいのな」

「〜〜〜〜〜っ！」

「で？　フラれて帰ってきたわけ？」

　たしかに、きょう一日はネコと病院にいようと思っていた。教頭先生も、公欠にしてくれるといっていた。

　が！

　「ネコちゃん、おはよう。気分はどうかなぁ？」

　どこかのアイドルに似た看護師様たちが問診に来るとネコは、

　「べつに、なんともねぇし」

一晩中掴んで離さなかったぼくの手を、スパッリ、いっそ気持ちいいくらいの勢いでふり払ったのだった…

　「ネコちゃん、血圧測ろうか」

　「ネコちゃん、朝はヨーグルトだけね」

　「ネコちゃん、身体拭きますよ」

　あ！　ちょ、一応多感な十六歳なんで。

　「ぼく、やりますから」

もしかしてそういうものなのかも知れないけど（入院なんてしたことないからわからないけど、）そこは咄嗟にぼくが替わった。

　看護師さんたちに優しくされてネコはご満悦なようで、これなら安心、と、教頭先生とふたり、帰ってきたのだった。

　「昼からはひろみ先生が来てくれるらしいですしぃ」

「まぁまぁ、」

天さんはニヤニヤ、悪い顔だ。

　「元気そうでなによりじゃん。放課後はいくんだろ？」

「いえ！」

「おいおい〜、意外と嫉妬深いじゃん。」

「しっ、…違います！　のれるようになんないと！　あした、ネコが帰ってくるまでに！　波に！　だから、きょうは特訓です！」

「へぇ、」

天さんが楽しそうに、笑った。

　「それは、見ものだね。」

　のる。

　ぜったいに、のる。

　ネコが退院するまでに。

　ぼくは、ぜったいに、

　上を向く。

　それで帰ってきたネコと、

　波に、のるんだ。

　ネコが楽しみにしていたそれを、

　叶えたいと、思っていた。

　そう練習に臨んだぼくを、なんと、

「じゃぁ、きょうはオレが見てやるよ」

　ぇえええっ！

　カイトさんが迎えてくれたのだった。

　「ねぇ、いい加減、しゃべってくれてもいいんじゃないの」

　いや、いいです。

　小山先生は逆に、レオとユウトを預かっている。

　チラチラ、ぼくがいつしゃべるのか、さっきからレオがこちらを窺っている。

「〜〜〜っ、」

　「ほら、きょうでのるんだろ。気合いいれろよ。オレは小山先生みたいに、優しくねぇから」

　えぇ〜…

　波に巻かれる前に、心が折れそうだった。しかも、

　「ダメ、ぜんっぜん、ダメ」

「……、」

　ぼくはなんと、ネコが横に並ばないと波を掴むことさえままならなくなっていた。

　「巻かれる以前の問題じゃん」

　はぁ、まったくです…

　項垂れていると、フッ、と、なにかを見つけたようにカイトさんの表情が変わった。

　「お、いい波きた」

カイトさんもボードのテイル側に重心をずらす。

　「いいか、オレのことは気にしないでテイクオフしろ」

　は、はい。

ぼくも、倣ってテイルに重心をのせる。

　「あの波でいくぞ。波、見ろ。ボード返して、まだ、まだだ、こっから漕げ！」

　「前向け！　下見るな！　胸を張れ！」

　「こげこげこげこげっ！　遅い遅い遅い！　オレを追い抜け！」

　いつの間にか、カイトさんが横に並んでいた。

　「追い越せ！」

　必死に海をかく。

　レールにそうように。

　水をうしろにかきだすように。

　腕が痛い。

　取れそうだ。

　それでも、

　歯を食いしばるようにして、漕ぐ。

　漕ぐ腕に抵抗がなくなる瞬間、

　ボードが浮いたように滑りだして、

　「立て！」

　腕を張り膝を引きつけて、

　こわいっ

　目線をノーズから離せない。

　あぁ、また…

　パーリングする。

　かまえたそのとき、

　「コーーーーーーータッ！」

　真夏の太陽みたい、

　エネルギーに溢れた、

　楽しくて仕方がないって、

　男の子の、声。

　遠くから、ぼくを呼ぶ。

　進行方向左から。

　あれ？　ネコ？

　顔を上げる。

　声の来る方へ。

　併設駐車場で、ネコが全身で手をふっている。ひろみ先生と谷川先生の間で。

　あぁ、よかった…帰ってきた。

　笑顔を返す。

　精一杯の。

　ボードが波の上を滑りだす。

　あ、

　光を散らす。

　キラキラ、

　波の壁を光が透ける。

　空が見える。

　抜けるような青い空。

　いつか見た、液体酸素みたいな。

　手をふるネコの向こう、

　もりもりブロッコリの山の上、

　オゾン色に輝く五月の空が、

　広がっている。

　耳を、頬を、風が切る。

　空を飛べるならきっと、こんな感じだ。

　あ、れ？

　のれた…？

　いま、のれてるの？

　ネコに呼ばれてはじめて

　ぼくは、波にのった。