【🏝完結🏝】Sky

...

　『ネコはねてますか？　寝顔、送ってくんない？』

「カイトさんが、ネコの寝顔、写メほしいって。それはちょっとできないよね。」

チビもレオもネコも、もう小さい生き物はカイトさんにとってみないっしょくたらしい。

　『お疲れ様、ネコちゃん、どうかな？』

「月子さんが、ネコ、どうかな、て。どうなの？　ネコ」

　『ネコちゃんの寝顔！　ほしい！』

え、冴子さん、あなたもですか…？

　さらにはレオから

『ネコさんへ　クッキーうまかったです』

いや、なんでレオが食ってんの？　寮母さんからかすめたのか⁉︎

「ちょ、ネコ、レオが寮母さんにあげたクッキーを食べちゃったぽいっ」

　極めつけはユウトから。

『先輩たちの分は、ぼくが責任をもって、食べておきました！』

夕飯の写メが送られてくる。

　「はぁぁぁぁあ！　責任、て、なに⁉︎」

そこは、取っといてもらうとこでしょ！　しかも！

「あ、もったいないな！　きょう、ビーフシチューだったって、ネコ。ユウトが食べちゃっ、て、」

　キュッ

　と、ネコの手を握るぼくの手を、幼い指が、握り返してくる。

　「ネコ…？」

顔を覗き込む。眠りながらムニャムニャするのはネコの癖だ。けど、

　「なに？　ネコ、」

大きな猫目の閉じた瞼が、小さく痙攣する。

　「ネコ、起きた？　ネコっ、」

あわててナースコールを押す。

　「ネコ、ネコ！　ほら！　起きないと！　ビーフシチュー、ユウトに食べられちゃうよ！」

もう、食べられちゃだけど！

　「……、」

「そうだよ！　きょうのごはん！」

　ゆっくり、

　ゆっくり、

　ネコはその大きな、仔猫みたいな目を開けた。

　「ネコくーん、わかるかな？　病院だよ？」

　ナースコールで駆けつけてくれた看護師さんが、ネコにはなしかけてくれる。朦朧としているのか、ネコの視線が宙を泳ぐ。

　「ネコくーん、聞こえるかなー。お友だちと先生が、待っててくれてるよ〜。」

若い当直のお医者さんも、ネコの脇腹を軽く叩きながらはなしかけていく。

　「ネコ！　先生だぞ！　わかるか！」

「先生、声が大きいです。まだ、半分眠ってるんで」

「あ、ごめんなさい…」

　「ネコ、はやく起きて、はやく帰ろう？」

「あ、念のためあしたも病院で」

「あ、はい…」

　「ネコくーん、あ、どうかな？　わかるかな？」

「あ、ネコ？」

ネコの目がぼんやり、ぼくを捉える。なにかいいたいのか、邪魔そうに呼吸器を手で払おうとする。

　「もう、大丈夫だねー。」

看護師さんが呼吸器を外してくれた。

　「ネコくん、気分はどうかなぁ？」

ネコは、お医者さんのはなしなどまったく聞いていないようで、まだぼんやりしている目を細めてぼくを見上げる。

　あ、悪い顔だ。

　口の端が、気のせいかってくらい吊り上がって、

　「……、」

「ネコ、なに？」

「……、」

「声？　ぼくの声？」

「……、」

「〜〜〜〜〜っ！！」

　…はぁぁぁぁぁあっ⁉︎

　「なんだ、浩太、ネコ、なんだって？」

「…んでも、ありませんっ！」

　「なんだネコ、先生に、いってみろ、」

「いわなくて、いいからぁっ！」

　聴こえてた、

　ぼくの声だって、

　落ちてゆく、意識の中で。

　落ちていた、意識の中で。

　ふひひ、と、ネコが笑うのに、

　涙がでそうだった。

　その夜、ネコとぼくと教頭先生と、三人で病室で眠った。

　ネコのとなり、看護師さんが用意してくれた簡易ベッドにぼく。

　「びょういんがこわいんだろ。しかたねぇな。」

　て、一緒に眠ろうとするのをまだ点滴が外れてないからと、妥協策で、点滴の刺さってないほうの手は繋がれたままだ。

　部屋の角、三人がけのソファに、教頭先生。ジャケットとネクタイを肘掛けに放りだして、こちらに背を向けて横になっている。

　病室の窓からはすべての闇を呑み込んだような海と、遠く、熱海の街の灯にうっすら煙る夜の空とが、見えた。

　月のない夜なのに、街の灯と海の霧に霞んで星は見えない。

　ここに来た日も、

　たしかこんな感じの夜だった。

　いつのまにか、一月齢期が、まわっていた。

　「慣れた？」

不意に、教頭先生がポツリ、呟いた。

　「え？」

「いや、慣れたかなぁ、と、思って、学校…」

ふり向くけど、教頭先生は向こうを向いたままだ。

　「……、はい、」

「そうか、よかった」

「……、」

「…よかった…」

最後はもう、ほとんど、独り言になっていた。

　教頭先生はそう呟いて、いびきをかきはじめた。

　ぼくもゆっくり、目を閉じた。

　「あれ？　コータ、帰ってきたの？」

翌朝、教頭先生と寮へ戻ると天さんが目を丸くした。