...

 「なんだ、これっ、」

部屋に飛び込むと、明らかに空気が、朝二人ででかけたときとは、違っていた。

 すばやく部屋に目を走らせ、ネコの机まで来て、とまる。


 なんだ、これ、この薬…


 『いつもと違うこと』

それはすぐに、見つかった。

 ゴミをなんどいってもゴミ箱に捨てることができないネコは、それもすべて机に、床に、散らかしたままだった。

 大量の、ぼくの薬で考えれば丸々三週間分の、薬のカラ包装。


 市販薬じゃない。


 長く並んだややこしい横文字は処方されたジェネリックだ。

 ネコが病院にいっているとか、薬を飲んでいるとか、そんなはなしを聞いたことはない。見たこともない。


 どこで手に入れた?

 なんで、こんな…


 中身は一錠も転がってない。


 飲んだの…?

 ぜんぶ…?


 「はっ、…」

 そのひとつに、ぼくの薬と語尾が同じものを見つけて、息を飲む。

 血の気が引くって意味を、ぼくははじめて知った。

 思考が凍りついて足の小指まで冷たくなる。小さく手が震える。


 こんな…、ネコ、こんなにいっぺんに飲んじゃダメじゃないか。

 こんな状態で、どこに…、


 ネコの机の前、あの写真がなくなっている。いつも椅子にかけてあるだけの防水スマートフォンケースも、ない。


 寮の外だ。


 窓に目をやる。

 もう、陽は傾いてそろそろ宵がやってくる。夜が来てしまう。


 『その手を、獲れ』


 どこだ、ネコの、

 ネコの、

 いきそうな、

 最後にネコが帰る場所…、


 『母親が、その手を取るより、先に』


 ネコの好きな場所、

 ネコの、


 「……っ、」


 太陽みたいな、ネコの笑顔。

 波と戯れる。


 波はネコを捕まえようと

 追ってくるのを、

 ネコは巧みに躱しながら、

 波の上から下へ、

 また下から上へ。


 この少年は海を愛している。

 そう思った。

 そして、海も。

 海はネコを愛している。


 その深い懐に抱いて、

 きっと、離さない。


 もし、

 もしニンゲンがネコを捨てるなら


 ネコを懐に迎え入れるのは、




 ネコ!




 弾かれたように、部屋を飛びだした。

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