【🏝完結🏝】Sky

...

　二段飛ばしで階段を降り、ボードロッカーへまわる。

　ネコのボードはロッカーに残っている。代わりに、

　ない、九フィート、

　ぼくたちが練習に使っている、ソフトボードが一本、なくなっていた。

　庭から医務室にまわり、窓を叩く。

「いた⁉︎　ネコちゃん、いた⁉︎」

ぼくの様子に、谷川先生が険しい顔で窓を開ける。

　「ネコが…薬、飲んだみたいで、」

何ヶ月も使わなかった声帯は錆びついて、絞りだすように掠れた声をだす。空気を押しだすのに、喉が焼けるように痛い。

　「薬？　なんの？」

「ぼくのみたいな…たくさん、カラが、」

　谷川先生は顔色を変えて、けれどしっかりと頷いた。

「わかった、ありがとう」

　「ぼく、海を見て…、防水ケース、スマホの、と、ボード、なくなって、」

「なんフィート？」

「ナイン、」

「ありがとう。浩太くん、」

「は、」

「ネコちゃんに、電話してあげてくれない？　ナインならきっと、スマホを持ったまま、海に入ったと思う。」

　目を見開く。スマートフォンを持ったままパドルなんてできるのか。

　「あの子、ニーパドルできるのよ」

　表にでて海を望む。

　きょうは波がない。波がない平日に、多々戸の海には人がいない。

　いまも、ここから見える限りだれも波乗りをしていない。

　だれも…

　ネコも。

　コール音だけがなるLINE通話をかけたまま、併設駐車場へ走る。駐車場からなら、湾内が見渡せる。

　ネコがボードで海にでたならすぐわかるはずだ。湾内に、とどまっていてくれた、なら。

　「浩太くん！」

小山先生が駐車場に駆け込んでくる。

　「どう？」

ぼくは首をふる。

　なんどもなんどもかけなおす。スマートフォンを持ってでたのは、だれかとはなしをするためじゃない。

　写真だ。

　ネコはよく、カメラロールに入った多くはない母親とのツーショット写真コレクションをひろみ先生に自慢していた。

　ネコはきっとそれを手に、海へ入ったに違いない。あの写真と。

　なんで、そんなものっ、

　でない通話に、焦りと、悔しさが募る。

　そんなものっ、

　ぼくたちでは、ダメだったのか。

　ぼくたちでは、空いた隙間を埋めることすら、できなかったのか。

　「コータ！」

天さんとカイトさんがロングボードを手に走ってくる。

　「谷川さんが連絡まわしてくれてる。いま、おいちゃんが船だしてくれる」

カイトさんがそう、ぼくの背中を叩く。

　「オレたち、沖、見てくる。入田と鍋田の方は、そっちのショップが見にいってるから。お前、電話、」

　と、

　ピッ

　ネコ⁉︎

　「…ママ…？」

　ヒュッ

　ぼくは息を飲んだ。

　「…ママぁ、」

　嬉しそうに、

　甘えた声。

　「マ、…のんだ、…すり、」

　薬…

　「…ママ、…の、ぉ、」

　ママ、の？

　頭から指の先、爪先まで一瞬で、冷たくなる。

　「…ねぇ…マ…、…」

　声はだんだんと小さく、呟きに変わる。

　ネコッ、いま、いまどこ、

　「…マ…、に、あえ、る？」

　ママに？

　薬を飲んだから？

　うそでしょう、

　ネコ、

　うそでしょう、

　ブワッ、と、身体が震える。

　ママは来ないよ。

　そんなことしたって来ないんだよ。

　来たって、

　会わせらんないよ、

　そんなママに。

　ごめん、

　ネコ、

　ぼくは、

　ママじゃない。

　ネコがぼくのお腹に、

　どんなに入り込もうとしても、

　ぼくはどうしたって、

　ネコのママにはなってあげることが、

　できない。

　ごめん、ネコ、ママじゃない。

　ママじゃない。けど、

　「…コ、」

　ママがそんなんじゃぼくは、

　ネコの手を離すわけには、

　いかないんだっ

　「ネコッ！」

　はじめて、ネコの名前を呼んだ。

　はじめて。

　「ネコッ、聞こえる⁉︎」

ぼくだって、わからないかもしれない。ネコはぼくの声を、聞いたことがない。ましてや、電話ごしだ。

　「ネコッ、コータだよ！　いまどこだ！」

　それでもいい。

　だれと勘違いしてもいい。

　「こ……」

「そうだコータだよ、わかる⁉︎　ぼくが、いくから、迎えにいくから！　いますぐいく！　どこ⁉︎　なにが見える⁉︎　眠たらだめだよ！　ネコ、」

　「……、」

「ネコ！　ダメだよ！　まだ…ご飯も、お風呂も、歯磨きもまだでしょう！」

　「お前、そのまま呼びかけろ」

天さんとカイトさんが、海へ駆けだす。

　平井巡査がバイクで走り込んできた。

「大丈夫だら、すぐ見つける。いま、携帯追いかけてる」

無線でなにかはなしながらぼくの肩を抱いてくれる。

　ぼくがネコに呼びかける声は、もう震えていて、

　ネコ、なんで、

　なんで、

　なんで、

　そんなもの、飲まなくても、