...

 ママがどれだけ遅れても、

 ママが来なくても、

 もう、

 ネコがママを忘れてしまうまで、


 ぼくたちは、

 保健室で、

 待ってる、て、

 いったじゃないかっ


 なんで、


 ネコが、


 ババァのために、


 そんなものを、


 飲んで眠らなきゃ、


 ならないんだっ


 怒りと焦りと不安と恐怖と、燃えるような怒りと、


 「あ、わかりました? 了解。漁船でてます。はい、加藤さんとこの。はい、連絡お願いします」


 悔しさが、迫り上がる。


 「あ〜、多々戸浜で待機。はい。救急車手配お願いします。電話は…繋がってます。応答は…、ないようです」

 小山先生が沖にでている二人に大きく、戻るように手を振っている。

 「コータ。電話、切んな」

平井巡査の腕が、ぼくを支える。

 「届いるじゃんね、ネコに」

膝から崩れそうになるのを堪えて頷く。


 電話の向こうは、ネコの穏やかな寝息と、ポチャン ポチャン、ボードに波のあたる音だけ。


 それでも、ネコを呼ぶ。


 見ているかもわからない夢から引き戻すように。


 「第二加藤丸、鍋田浜沖にて少年を保護。繰り返します、第二加藤丸…」


 ホルダーの無線が、そう、繰り返していた。




 「眠てたよぉ、きっもちよさそうによぉ。電話、握りしめてぇ。まぁ、あれよ、暗くなる前でなんとか…」

 加藤丸の船長さんは痛そうに顔を歪めて、

「なんだってよぉ…」

そう、真っ黒に日焼けした厚い手で、顔を覆ってしまった。


 ネコは救急車で搬送されるときもスマートフォンを、握りしめて離さなかった。

 「ネコ、ネコ、聞こえる? 病院いくから、眠ちゃ、ダメだよ、」

スマートフォンを握るその手を、握りしめる。海風にあたって、すっかり冷たい。

 「ネコ、ごめん、ごめん、」

どうしようもなく、涙が溢れてくる。

 「ごめん、ごめん…」


 ひとりにした。

 ひとりにして、


 ごめん…ごめんね、


 「どなたか、先生、」

「ぼくがいきます。」

「わたしは小山先生と追いかけます。」

「天くんとカイトさん、戻りました。」

「ありがとう、カイトくんも、」


 「コータっ!」


 だれかがなにかをはなしているのがどこか遠くで聞こえて。けど、不意にぼくを呼ぶ声がして、顔を上げる。

 海から上がってきたままの、天さんだった。どれだけ漕いだのか、肩で息をしている。

 「天さっ、」

「手を、離すな」

「扉閉めます!」

「た、」


 「大丈夫だ。オレは、知ってるから」


 天さんが、柔らかく笑んで頷く。

 救急隊員が扉を閉める。

 サイレンが鳴る。


 「はいっ、」


 大きく、頷いた。

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