...
「キンメ、買っただら?」
バスの乗客はぼく一人だった。
一緒に列車を降りたご夫婦やおばさんたちはどこへいったんだろう…
「土産用はな、高いさ。朝市、いきゃいい。泊り? 波乗り?」
「……、」
なにも返せないぼくに、それでも
「じゃぁ、波のって、そんで、」
おじいさん運転手さんもまた、キンメのおばさんと同じように顔をくしゃくしゃにして笑った。
「プロんなって、なぁ」
「……、」
「大丈夫、のれるら。おいちゃんでも、のれっからよ」
「……、」
「大丈夫」
おじいさんはもう、波乗りの話をしているんじゃない、と、わかっていた。
「いい波、来るよ。多々戸はねぇ。しっかり、これから波、掴めば、いいじゃんね」
掴めるはずない。
掴んでいいはずもない。
愛がないぼくはもう、生きる意味も価値もない。
いっそ消えてしまいたい。
きょう眠って、もう永遠に目を覚さなければいい。
それなのに朝は変わらずやってきて。
そんなふうに思うのに、どうしようもないぼくはあくまでどうしようもなくて、消えてしまう勇気さえなく、こうして未練ったらしくバスに揺られている。
掴もうなんて、できるはずがない。
そう、声にだしたらそのまま涙まで溢れてしまいそうで、ぼくは小さく、小さく首をふった。それなのに、
「大丈夫、大丈夫だら。お兄ちゃん」
おじいさんは、また笑った。
ぼくが首を横にふったのを、ミラー越しにきちんと見ていたのは、わかっていた。
キシキシ、大げさに揺れて、バスが停まった。
「その坂、降りてったら浜があっから。そんで左手のでっかいのが、ガッコの寮ね。いきゃ、わかっから」
きっと、バス停で声をかけたときから気づかれていた。
『神奈川県立逗子総合高校下田分校』
そこに集まる生徒がどんな子どもたちか、地元の人々が知らないはずはなかった。
『人生の 落伍者』
そう、父は吐き捨てるように転学届けを投げつけてきた。
きっと、その通りだ。
「お兄ちゃん」
陽気な声色に思わず、視線だけを上げる。
くしゃくしゃな、満面の笑顔。
おじいさんはあの石碑と同じことばで、ぼくの背中を押した。
「ようこそ! 下田へ!」
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