...

 ガラガラと派手な音を立てて、ガタガタの坂を、キャリーを引いて降りてゆく。海の気配がする。

 途中、小さなサーフショップの前を通ると、いらっしゃい! おばあさんがにっこり、声をかけてくれる。会釈だけ返してそのまま進む。道のつきあたりまでゆくと、


 あぁ、


 春に霞む真っ青な空の下に

 知らないブルーが、広がっていた。


 キャリーを放って靴も靴下も脱ぐ。買ったばかりのビーチサンダルを履いて浜へ駆けだす。

 砂に引っかかるビーチサンダルももどかしくて投げだすと、白い浜を駆けた。


 広がるブルーに飛び込むようにザブザブ、海に入る。スラックスの裾が濡れるのも気にしていられなかった。


 見たことのない、ブルー


 ブルー、いや、

 透き通る硝子みたい、

 青いとか碧いとかじゃない。


 透明、てやつだ。


 見えているその色は、

 海底の白い砂が射し込む陽を映した色だ。


 その水面には、

 柔らかい春の陽が輪になって揺蕩う。


 波が崩れて岸へなだれ込む。

 シュワシュワ、光を散らして弾ける。

 夏のソーダ水みたい、

 ぼくの脚でパチパチと弾けて、

 また引いてゆく。


 そして、


 ……あ、


 その海で、

 波の上で舞う天使を、

 ぼくは見つけたのだ。


 サーフボードの上で軽やかにステップを踏む。

 胸を張り風に向かう。

 優雅に腕を広げて。

 光のしぶきを散らして。


 あれが、波にのる、て、ことなんだろうか。


 小柄な、おそらくまだ少女だろう天使から、ぼくは目が離せなかった。




 どのくらい少女を目で追っていたのか、不意に、人の気配を感じてふり返った。

「……?」

 けど、そこにはだれもおらず、


 いや、


 「みとれちゃった?」


 揶揄うような小さな男の子の声。驚いて目線を下げると、ほんの小学生低学年ほどの男の子が、サーフボードを抱え海水を滴らせて立っていた。


 え、


 「ズボシ?」

 真っ黒に日焼けしたかわいらしい顔を憎たらしくニヤニヤさせて、ぼくを見上げる。


 ええ?


 「おまえさ、コータだろ!」

「ええええぇ⁉︎」

 驚愕で、ここ一ヶ月ではじめて発話らしい声が、思わずでた。


 だれだ、この子?

 なんでぼくの名前、

 キャリーに書いたりしてあったか?


 「オレ、ネコ!」

 文字通り猫みたいな大きな目を真ん丸にして、さもおかしそうにぼくを覗き込む。

 「しっろ! もやしみてぇ!」


 いや、キミが黒いだけだから。それより、名前…


 「まってたんだぜ、コータがくんの。おそかったじゃん! せっかくいっしょにうみ、はいろうとおもってたのに。」


 いやいや、入れないから。で、キミ、だ、


 「オレ、コータのルームメイト!」

「え? ええ⁉︎」


 ルームメイト⁉︎ 小学生が⁉︎

 いや、高校だよね? 中等科もあるのか? いやさすがに初等科はないだろう。


 「オレもにねん! おなじクラスだから!」


 お? え?


 ネコ少年はボードを浜におくと、もみじ饅頭みたいな両手でぼくの手を包み込んだ。


 にっこり笑う。太陽が弾けたみたいに。


 軽く眩暈がする。


 「ようこそ! シモダへ!」

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