...
「ぼくも一度、職員室に、」
そう、小山先生がいいかけて、
『先生方にご連絡します』
校内にアナウンスが鳴った。
『臨時職員会議を行います。全職員、職員室へお戻りください。全職員、職員室へお戻りください』
「じゃぁ、」
小山先生、
二階に上がる小山先生を、引き留める。
そういうのは、がまんしなくて、いいんじゃ、ないでしょうか。
一瞬、ふり返った小山先生が目を細める。ぼくはそれを認めて、反対側の階段へ走りだした。
ぼくは、親に褒められたことがない。
だから早々にあきらめて、がむしゃらに、ほかのだれかの評価を得ようとしていた。友だちだったり、教師だったり、神様だったり…
それなのにネコは、
ただババァが褒めてくれることを、
待ってるいる。
どんなに先生たちが褒めても、
どんなに、みんなに愛されても。
悔しくて仕方がなかった。
ババァをいますぐ引っ張ってきて、
ネコを見せたかった。
クッキーと、
満点のテストと、
ぼくの録画した波乗り動画もついでに見せて。
生えそろった大人の歯と、
最後に抜けた赤ちゃんの歯と、
ちゃんと歯磨きできる、とか、
漢字もかける、とか、
いまのネコを見て、
ただ、褒めて、ほしかった。
悔しくて、迫り上がるものを奥歯を噛んで耐える。代わりに必死に思考を回す。
どこにいった?
外にでた? 鞄はっ、
教室へ走る。
鞄…、ある…、
鞄は、ネコの机に残されたままだった。中を探る。お財布もそのままだ。
「あっれー、コータじゃん。どした? てか、きょう、練習は? あ、ネコの面談か」
教室の角で放課からずっとマナさんのはなしを聞かされていたジュンが、首を捻って訊いてくる。
「…あれ? ネコ、なんかあった?」
ネコが、いなくなったんだ。こっち、来てない?
「来てない。財布あんの? てか、面談中なんじゃないの? なんで、」
ジュンはそこでことばを切る。なにか思いだしたのか、椅子を蹴るようにして席を立った。
「ちょ、鞄このまま、て、まだガッコか? 探すぞ、マナ! ガッコからでないうちに…っ」
「え、ちょ、なになに⁉︎ またどっかいっちゃったの⁉︎」
ありがとう。
ぼくは校内をジュンたちに任せて教室を飛びだした。
階段を駆け降りて職員室に飛び込む。
「携帯は?」
「でません」
「警察と下田駅に連絡」
「はい、」
先生方はすでにネコを探しにでていて、井上先生と教頭先生だけが職員室で対応していた。
どうしよう、
小山先生も、いない。
ぼくはどうしよう。
学校はジュンたちが探してくれる。
クッキーは持ってでたんだ、
母親には会うつもりだ。
落ち着け、ぼく。
ジワリ ジワリ
「いらないっ」
少なくともいまもっともいらない恐怖がまた、ぼくの頭の奥の方から思考を侵食しはじめる。
お前が、
お前に、
愛がないから、
耳奥で、だれかが囁く。
そんなものに耳を傾けている場合では、ないのだ。必死に思考を回す。
部屋? 一度、部屋へ戻った?
お前が、
ネコのそばを離れたから、
あの机の前に貼った写真か…?
お前が、いや、ぼくが、
あれを、取りに戻っただろうか…
ぼくが、
あのとき、
手を離さないでいれば、
一緒に、応接室にいれば、
「コータ!」
呼ばれて我に返る。学校から飛びだしたところで、ちょうど天さんの車がバス通りから入ってきた。
あ、ぼく、
「いま、聞いた。はるちゃんが下田駅にいってる」
駅?
「母親に会いに勝手にでちゃったことがあって、たぶん、それで。寮はいま三年で探してる。…大丈夫か、コータ」
ぼくの表情を見て、天さんが車を降りてくる。
ぼく、ネコの手を…
なんで、手を離したんだ。
一緒に、面談だって受ければよかったじゃないか。母親が来ないと、知っていたんだ。
なんで、
「コータ、いらねぇこと、考えんな」
震えはじめたぼくの指先を目にして、天さんがそれを強く握ってくる。
ぼく、
やっぱり、ぼくは、
「コータ」
唇も、小さく震える。
天さんは掴んでいた手を離すと、グイ、と、ぼくの頬を挟んで無理やり上を向かせた。天さんの瞳がぼくの瞳を、捉えるように、射抜く。
「お前がやることをいう。お前は部屋を見てこい。手がかりになるもん、いつもと違うとこがないか、見てこい。それはコータじゃないと、わからねぇ」
ぼく、
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