...

 一方でネコはスピードののった弾丸みたいなのり方をする。小山先生と同じのり方だ。

 勢いよくパドルして波から落ちるようにボードに飛びのると、落ちるままスピードをつけて滑り降り、またそのスピードで波の肩に躍りでる。

 波の上を自由に駆けまわる、エネルギーの塊みたいだ。

 ターンするたびに波のしぶきで大きな放物線を描き光を散らす。波から弾かれたように宙に舞ったかと思うとまた波の面を滑り降りて、最後にくるりとボードごと一回転して戻ってくる。

 そんな、奔放なネコのサーフィンが、ぼくは好きだった。

 ふたりを目で追ううちに、朝からぼんやり頭に垂れ込めていた霞はすっかり晴れていた。

 いまこの瞬間、強い午後の陽がぼくの頬を焼く、その熱を感じていた。

 「……っ、」

ぼんやり眺めていると不意に、腕になにかがあたった。びっくりして顔を向けると、ぬっ、と、目の前に、


 え?


雪さんの手と、握られたスマートフォン。


 え、と、


 「これ使って。動画、LINEで送る」

ぼくが呆けていると、雪さんは消えてしまいそうな声でそう、囁いた。


 え、


 「ネコのライディング、撮りたいんでしょ?」


 …え、しゃ、

 しゃべった⁉︎


 雪さん、ぜったい、天さん以外の人とは、はなさないのかと思ってた!

 「あ、ありがとう、ございますっ!」

ぼくも思わず、スルリ、なんの抵抗もなくことばが溢れた。

 雪さんは表情なく頷くと、またなにごともなかったように、海に視線を戻してしまった。

 受け取った、surfersのスマートフォンケースのそれを、しみじみ、眺める。


 そうだったのかな…ぼく、

 ネコの動画、撮りたいなんて、思ったの、かな?


 もしかして、雪さんが三脚に立てたカメラを物欲しそうに見ていたりしたのだろうか。

 もしそうならちょっと恥ずかしい。

 いそいそとスマートフォンを表に返すと、ロック画面には、学ランを着て胸に花をつけたこわい顔の高校生。と、正装でやはり胸にコサージュの小学生。学ランを着崩したお兄さんに肩を抱かれて、ようやく顔を上げったって感じの、気が弱い男の子代表みたいな。

 お兄さんは、弾けるような満面の笑顔。片手で男の子の肩をしっかり抱いて、もう片手で、卒業証書の入った黒い筒を掲げている。

 写真は、現像した写真を改めてスマートフォンで撮りなおしたもののようだ。

 きっと、天さんと雪さんに違いない。たぶん、ふたりの卒業式。天さんはいまよりずっと悪そうで、雪さんはまだやっと、面影が読み取れるか、て、くらい幼い、かわいい。

 なにかとても素敵なものを、見たようだ。


 この子、雪さんですか?


 そう聞きたくて、できればこのときのはなしも聞いてみたくて視線を上げるけど、雪さんの意識は、もう波の上の天さんに集中していた。

 邪魔をしてはいけない。しばらく写真を眺めて、ロック画面をスライドしてカメラを起動し、録画モードにして波間のネコを捕らえる。

 ネコが気がついて、全身で手をふってくる。

 と、思うとパドルですばやく奥へでると入ってきたセット二つ目の波で、大きなエアを決める。スープを滑りながら大きくシャカを掲げてくる。

 ぼくも、画面を見ながら手をふり返す。


 見てたよ、ちゃんと、見てたよ。


 世のパパたちが、なんだって血の滲むような思いで運動会やら学芸会やら、我が子の動画を撮るのか、その気持ちが、わかった気がした。

 いつか子どもが親元を離れたときに、懐かしく思いだすんだろうか。動画を見て。

 成長したな、なんて、しみじみしあわせを噛み締めたりして。


 ネコとぼくが、そんなふうにこの動画を見るのは、いつだろう。

 ネコは、そのとき、どんな顔でぼくの横にいるんだろう。

 元ルームメイト、

 元クラスメイト、

 もしかしたら、親友?


 そのどれであっても、なんだか物足りない気がした。




 「天もネコも、絶好調だね」


 あ、人買いの人。


 「上手い人見るのも、練習よ」

カイトさんがそんなことをいいながら休憩中に、レオを連れてぼくたちの横に並んできた。

 「いまさぁ、コータ、すごい失礼なこといわなかった?」


 え? いえ、


 録画の手をとめずに、視線だけカイトさんに送る。

 が! カイトさんはスマートフォンが録画モードになっているのに気づくと、

 「え⁉︎ ついに! コータパパ! ビデオ撮りはじめちゃったよ! 学校行事デビューっ!」

なんて、お腹を抱えて笑いだした。となりで、レオも凶悪な目つきのまま複雑な表情をしている。


 え! いや、え⁉︎ 雪さんだって、


 思わず、雪さんに顔を向けるけど、知らんふりで天さんを目で追っている。

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