ありがとう

 DAY.4


 海を望む


 多々戸の海が透明に透けるのは、

 その、白い砂のせいだ


 海底の白い砂は

 すべての光を散乱して、

 浅瀬では、

 海は真夏のソーダ水みたいに

 透明に透ける


 パチパチ、

 波の名残が、

 光を散らして発泡する


 空から射す陽は

 ソーダ水の中を進みながら、

 余計な色をおいてゆく


 そうして、沖へいくほど、

 深く澄んだ、青だけが残るのだ


 いつか見た、琉球硝子みたいな、

 透明な、青


 いらないものすべてを、

 海にとかして、

 できた青、なんだ




 腰

 セット、腹。


 腰、なんてたかが腰か、て、思うかもしれない。

 けど波の高さは海に立ったときの高さじゃない。ボードの上に立ったときの波の高さだ。

 ボードに寝そべった状態でうしろから、人の腰ほどある波が、ほれて迫ってくるってことだ。

 ネコには物足りないようだけど、まだ顔を上げることすらできないぼくにしてみれば、ボードにスピードがのった瞬間、一メートルの高さから海に突き落とされる、そんな感じだ。

 波を掴んでボードが滑りだす。その感覚に手をつき腕を張る。が、その瞬間、


 あぁ、また…


 天地逆さになって真下に海と、光の輪が揺れる海の底が見える。

 海に、飛び込むみたいだ。

 身、ひとつで。

 発泡して透けるソーダ水に。

 ぐるり、背中から海に落ちる。


 あ、


 発泡するソーダ水越しに、

 よく晴れた、

 五月の青空を見た。




 「きょうもよく巻かれてたじゃん」

 平衡感覚がおかしくなると、危ないから。て、ことで、ぼくはやっぱりひとり、先に休憩をとっていた。

 そこへ、カイトさんが愉快そうにやってきてとなりにドカリ、と、足を投げだしてきた。

 「巻かれるの、慣れた?」


 う〜ん、はい?

(てか、慣れていいもんなんだろうか?)


 「そうかそうか」

なんて、笑いながら麦茶を呷っている。

 カイトさんたちも、休憩だろうか。けど、レオの姿がない。

 カイトさんがレオから離れるなんて珍しい。いつも寸分惜しまず、休憩中にもなにか説明してるのに。

 ぼくの視線に気づいたのか、カイトさんは肩をすくめた。

「おじちゃんは、邪魔みたいでさぁ〜」

 見ると、スクールに参加していたお姉様二人が、レオを揶揄って遊んでいた。


 いやいや、なんでおいてきちゃったんですか⁉︎


 あわてて迎えにいこうとして、いまのぼくに若いお姉様方を相手にする勇気がもうないんだってことを思いだして、踏みとどまる。

 「はは。オレ、コータみたいに優しくないから。大丈夫でしょ。そろそろ、小山さんとこも、休憩に入るし」


 はぁ、


 「……、で、さぁ、」

まだレオの様子を窺うぼくに、カイトさんが突然、グッ、と、身をのりだしてきた。


 うわっ!


 思わずのけぞる。

 「コータくん?」


 え、なんですか、くん、て。


 訝しげにカイトさんを見上げると、ムダにキメ顔を向けてくる。

 あ、これ、お姉様受けする顔、て、やつだ。営業用の…

 そんなキメ顔で、カイトさんがいってのけた。やっぱりムダに決めた声で。

 「おしゃべりしない? ボクと」


 はぁ?


 「かわいい声、聞きたいな?」


 はぁぁ?


 「レオが、思わず、ふり向いちゃいましたよ、て」


 はぁあああああ⁉︎


 「ねぇ?」


 イヤです。


 「ダメ?」


 ダメです。


 「あれ〜。いまので、女の子はぺらぺら、聞いてもないことまではなしてくれんだけどなぁ〜」


 ぼくは男の子なんで。


 「かわいい声で?」

「〜〜〜〜っ!」


 セクハラ! セクハラですよ! 小山先生! 小山先生っ!


 こちらに上がってくる小山先生に、必死に視線を送る。

 「はは、冗談。おもしろいね、コータ。あ、レオのはほんと。ヤバいっす、て、力説してたよ?」


 えぇ…大丈夫? レオ…?


 「なんつってさぁ、」

 きのう、お店の前で別れたあとに、なにがあったかを知らない、てことはないだろう。

 けどカイトさんのレオに対しての態度は、なにも変わることはなかった。


 いや、


 ちょっと、

 ちょっとだけ、変わった。


 「レオだってまだまだかわいいのに、笑かすよな」

 はは、て、レオを見る目が。

 いまも、レオがお姉様方になにかぎこちなくなく頷いているのを眺めながら満足げに目を細ていめる。


 レオが海にとかしたいものを、

 とかしたものを、

 カイトさんが触れることはない。


 すべてを、知っていて。

 すべてを、わかっていて。

 彼はレオを受け入れる。

 すべてに、気づかない顔で。

 

 「まだまだ、お子様…アッ!」

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