...
「麗央くん、はやくボードのって? ぼく、大丈夫だし。みんなを押さないといけないから」
「おす⁉︎」
「天くんも押してくれたでしょ?」
「ダメ、センセ、ダメっす」
「わぁ…レオくん…」
「……、」
その様子をとりあえずユウトと見守る。
「やっべぇな、あいつ。」
となりでボードを腰に抱えながら、空いた手でぼくの手を握るネコが呟いた。ネコが呟きを漏らすなんてはじめて聞いた。レオ、やっぱり只者じゃない。
仕方なしにぬし不在のボードを小山先生が押さえたまま、
「とりあえず、三人もおいで〜!」
と、手をふってくれている。
ネコに手を引っ張られて我に返る。海に入ろうとして、
「レオくん…しゃべれるんだ…」
…同感…人のこと、いえないけど。
ユウトはしばし呆然と、ボードを手に突っ立ったまま動かなかった。
ボードはレールをしっかり掴んで。
来る波を見ながら。
波と波の合間に。
波の山を避けて遠回りで。
波が小さくても癖をつけてね。
腿のあたりまで来たら、パドルで。
「オレがおします」
「押すの、むずかしいよ?」
ぼくたちが沖に追いついても、ふたりはまだ攻防を繰り広げている。
海の中となっては、こないだのように小山先生も簡単には譲れないんだろう。それなのに…
ちょっとレオ、しつこいの、嫌われるよ…?
恋愛経験値なんて皆無のぼくにもそのくらいはわかるってのに、レオはわりと必死だ。
と、生徒が先生を困らせているのを見ていたのか、
「先生を困らせんなよ?」
となりでスクールをしていたショップのお兄さんが、楽しそうに? こちらへよってきた。
「……アァ?」
あからさまに警戒して睨み上げるレオに、くつくつ笑っている。
「小山先生。坊や、引き取ろうか?」
「え、あ〜…」
「二時間、八千円」
たっか!
サーフィンスクール、て、そんなするの⁉︎
思わずユウトと二人、小山先生を窺う。小山先生はチラ、と、レオを窺う。はっきり引き止めてもらえなかったことにわかりやすく拗ねたレオは、プイ、と背を向けてしまった。
「フラれちまったかなぁ〜。まぁ、でも?」
小山先生からボードを取り、お兄さんはそれをレオの前に突きつける。
「オレんとこ来たら、先生におんぶに抱っこ、卒業できるよ」
一変して真剣になった声色に、レオが鋭い目でふり返る。
「八千円は、出世払い」
お兄さんが小さく笑うと、レオはそれを一瞥して、無言でスクールの方へパドルしていってしまった。
「ありがとう。いいの?」
スクールでは若いお姉さん二人が、男子高校生参入に沸いている。
「いいよ。のれるようになったら、うちでもらうから」
そう、お兄さんは楽しうに笑って、スクールに戻っていった。
となりのスクールではそれから一日、
「遅い遅い遅い遅い遅い! 足りねーんだよ! もっと漕げ! 途中でやめんな! 波見ろ! ボードと波とずれてっぞ! ボードにまっすぐのれ! 腹に力入れろ!」
罵声が絶えなかった。
結局、レオは夕飯の時間まで寮に戻ってこなかった。
罵声にヒヤヒヤしながら、その日は残されたユウトとぼくの二人のスクールになった。
ボードのテイル側にまたがり、水平線を向く。
波をやりすごすたびにボードもふわり、持ち上げられて、いつかのったメリーゴーランドを思い出す。
ネコがとなりで、やっぱり同じように波に揺られている。
…硝子みたいだ…
透明な海に初夏の陽が射すのが、たまらなく、美しかった。
陽が、
透明な硝子の海を透過してゆく。
キラキラ、波の泡に散りながら。
海の底に届いた光は、
白い海底に輪をつくり揺蕩う。
パチパチ
光が弾けるのが、
夏の日のソーダ水に、
光を散らす硝子の海に、
ゆらゆら浮いているみたいだ。
小さな魚がゆらゆら、光の合間をぬってゆく。
ネコ、魚。
そう、海の中を覗くように促しても、ネコはただ黙って、波に揺られている。
ネコは、きょうの波にはのる気がしないのか、さっきからずっと、ぼくの腕を掴んだままでいた。
ネコ、楽しいの?
あっちで、天さんと入ってくればいいのに。
そう、視線を送っても、ネコはそのまま、なんの表情もなく、遠く海を見つめている。
コトリ
その、はじめて目にするネコの感情の読めない表情に、胸の奥の方でなにかが音を立てた。
ネコと並んで、水平線を望む。
午後の陽が眩しく、波に揺られてうねる。
この透明な海の波が光を散らすとき、
ネコに、どんな景色が見えているんだろう。ネコを笑顔にする、
見てみたい。
それを。
見てみたい。
ぼくも。
きっと、
見なくてはいけない。
一緒に、
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