...
はなせたらどんなにいいかな、て、
思うんだ。
けどきのう、やっとでてきたことばは、月子さんを混乱させるものでしかなかったに違いない。
屋上へ探しにきてくれた冴子さんと小山先生とに我に返ったぼくが見たものは、血まみれの己の左手と、
泣きじゃくる月子さんの姿、
だった。
ぼくが、泣かせた。
ぼくの、ことばが。
ごめん。
意気地がなくて。
月子さんをまた泣かせるのがこわい。
なんて言い訳で、
月子さんを泣かせたりして、
じぶんが傷つくのが、こわいだけなんだ。
ごめん、
「そか、」
月子さんは、少し残念そうに笑うと小さく頷いた。
「わたし、ごめん、あんな、泣いちゃったりして、血がでてんの見たら、びっくりしちゃって」
それは、ぼくもごめん…
「あの、でも、嬉しかった、てゆーか、」
え?
「コータくんの声が聞けて、わたしのために、あんなふうにいってくれて。思ったら、嬉しかった」
「……、」
伝わっただろうか。
もう、じぶんを、
傷つけないでほしいって。
「想像してたより、かわいい声だったよ」
あ、あ〜…?
「ありがとう。こんどイラッ、てしたらさ、コータくんの声を、思い出すよ」
伝わった、のか…な?
小さく頷くと、じゃ、と、ふたり、カフェテリアコーナーへ歩いていった。
去り際に、冴子さんがむり向く。
『ありがとう』
そう、口の形だけで伝えてくる。
『いてくれて、よかった』
安堵してテーブルに向きなおると、
「かわいい声だったよ(ハート)」
「だったよ〜!」
〜〜〜〜〜っ!
ネコと、空のトレーを手にした天さん(と、雪さん)が、悪い顔で笑っていた。
放課後、きのうとは打って変わって穏やかな海に、月子さんの姿が、あった。
グレーの地にパームツリーのデザインが入ったウエストラインの、女の子らしい優しい色合いのウエットスーツは月子さんによく似合っている。
ヌードベージュにサーモンピンクのファブリックが埋め込まれたクラシカルなボードの上で、月子さんがステップを踏む。
ターンをするとたまにチラッと、ボトムのボルドーがのぞく。
波の上で舞う。
鳥のように。
風のように。
光を散らし、
波を散らし、
風に向かう。
陽を受けてうっすら焼けた頬。
大きな丸い目が空を仰ぐ。
唇が弧を描いて、笑う。
伸ばされる腕。
優雅に。
ウェットスーツに隠れたそこに、
眩しい笑顔の下に、
無数の傷があることを、
ぼくは、知った。
膝。
たまにセット、腰。
「きょうは、うねりから⭐︎」
にっこり、小山先生が笑う。
あ、やっぱり見学とか、ないんだ。
放課後、穏やかな海に集合したぼくたち初心者三人と、
「なみ、ちっせーから、きょうはコータにつきあってやる」
なぜかネコと。
天さんに代わってきょうは小山先生が「先生」だ。
「天くんもじぶんの練習があるからさ」
て、ことらしかった。
浜の奥、ショートボードのエリアに目をやると、こちらよりワンサイズ大きい波が割れているところで天さんが波を待っているのが見えた。
あ、
その様子を、海岸併設駐車場の階段に腰を下ろして眺めている、雪さんの姿も。
横に三脚を立てて動画を撮っているようだ。時折、天さんが海から雪さんに手をふっている。
練習時間と、ふたりの時間も、おかりしちゃっていたらしかった。
『うねりからのる』
の意味がいまいちわからないぼくと一年生だったけど、どうやらそれはシュワシュワでのるのとは違う、て、ことらしかった。
「シュワシュワとかゆーなよ! だっせ! スープ、つんだよ!」
ネコがケタケタと笑う。
声にだしたかな?
なんて思うけど、至大寮に来てから、ぼくはよっぽどわかりやすい人間になったみたいだ。
スープ? ではない、ということで、
「ここまで、おいで〜」
そう手をふる先生は胸まで海に浸かっている。
「ちょ、」
それを見たレオが小さく声を上げ海に飛び込んだ。ザバザバ、パドルで小山先生まで一目散。
「はやーい! すごいね、麗央くん、パドルいい、」
「小山先生っ!」
「、よ? ん?」
「っぶな、危ないっす! んな、足つかないとこっ、」
「あ、ついてるよ?」
「ダメ、ダメです。こっち、のってください」
なんて、なんとさっさとボードを降りてしまった。レオなんて胸の上まで浸かっている。しかも、
「っぷっ!」
うしろから来る波を、小山先生は身体を浮かせてやりすごすのに、レオはモロ被りしていよいよ危ない。
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