...
DAY.2
その日は朝からただならぬ緊張感が、学校に張り詰めていた。
小さな校門を通ると、来客用駐車場に、
川崎ナンバーの、
白い、プリウス。
あの車…
学校に来てる…?
小山先生連れ去り事件の犯人が…?
「そうだぜ?」
ジュンが、スマートフォンを手鏡にして前髪をなおしながらサラリ、いってのけた。
「小山先生、きょう、保健室で仕事してただろ? はるちゃんがいってた。校内をストーカーがうろついてるからって」
はるちゃん、てのは、養護の先生のことだ。
それ、レオじゃなくて?
「ちげーよ、あんなのガキだろ? 見にいく? ストーカー。オレは入学式に見てっからさ。なぁ、ネコも見たよな」
「なにを?」
ネコはまったく関心ないらしく、目下、アルファベットの書き取りに夢中だ。
ちょっと待って。入学式に来たとか、その人、なんなの? だれかの父兄さん? てか、連れ去り、て、そうゆう、連れ去り?
ジュンは、こんどはたいして変わらないだろうピアスの位置をいじっている。
「なんか、教育委員会? の人らしい」
はぁ⁉︎
思わず身をのりだす。
「なんか、先生たちの世界では有名なはなしらしいよ。前のガッコでは男も先生だったらしいんだけど、その、ストーカーがエスカレート? しちゃって、小山先生はこっちに来て、男はガッコから離されたらしいぜ。あり得ねえよな。大人のクセに。あ、でもハンザイシャの大半は大人かぁ。大人ってこわいな、なぁ、ネコ」
ジュンはそうスマートフォンをおろすと、アクリルのカバーに挟んである彼女の写真に、少し痛そうに、キスをした。
「昼休み、屋上にいくついでに。な?」
ぼくはストーカーよりそのジュンの一瞬、彼女に見せた表情が、気になった。
昼休み、ぼく(とネコ)とジュンは、職員室からでてくる例の男を、階段の陰から確認することにした。
「昼飯、食いにでてくるだろ。」
て、ことだ。
案の定、男は教頭先生に連れられて、職員室からでてきた。
「バス通りの定食屋さんにご案内しますよ」
「ありがとうございます。その前にトイレに、」
「あ! ご一緒しましょう」
教頭先生はどうやら、男を校内でひとりにさせないよう必死の様子だ。
「ヤツだよ。小山先生のストーカー」
スーツを着た、いかにも仕事できそう、みたいな。神奈川県の県章のついた名札を下げている。
しごくまじめそうな。けど、
いやな感じだ。
偽物の自信。
スクッ、と伸ばした背に、
傲慢が、
虚勢が、
滲んでいる。
うそでしょう…?
そう思うけど、なんとなくやらかしそうな気配も、漂っている。
「予算なんちゃらて来たらしいけど、そんなの口実だって、はるちゃんがいってたぜ。いこう、腹減ったし」
う、ん。
そんな男が学校をうろついているのがひどく不快で、無意識に、ネコの手をきつく繋いでいた。
屋上に上がると、
「よぉ、」
天さんと雪さんがお弁当をすでに広げていた。
「気持ちいいなぁ、きょうは海日和だ」
そう、天さんがぼくたちを誘う。
五月の空はよく晴れていて、屋上に上がると、グッ、と、それに近づくようだ。
眼下には葉を揺らすパームツリーと白い砂浜、初夏の陽に透ける多々戸ブルーの海が広がる。学校のランチには贅沢なロケーションだ。
いまは使われていないだろう給水塔のフェンスにもたれて並ぶふたりに、ぼくたちも並んだ。
「いまのうちに、日光浴だな」
天さんはそう、ぼくの視線の先を見て、苦笑した。
あわてて視線を逸らすけど、
「雪は、梅雨が来ると喘息がでちまうから。いまのうちに、な」
そう笑う天さんの横で、寮で持たせてくれるお弁当を半分食べかけ箸を持ったまま、雪さんはどうやら夢の中だった。
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