...

 天さんが雪さんのお弁当を片づけてその頭をじぶんの肩にのせるのを、なんとなく、ぼくはやっぱり目で追ってしまう。天さんが視線に気がついてニヤリ、口の端を上げた。

 ちなみに、ぼくとジュン、天さんのお弁当は、雪さんやネコとは違う。

 育ち盛り(と、成人男性?)の胃は昼休みまで待ってはくれない。寮のお弁当はもう、三限目の終わりには消えてしまうのだ。バス通りにある喜助という定食屋さんが学校までお弁当を売りにきてくれていて(ありがたいことに特別価格、三百円!)、たいていの男子は、昼休みには喜助のお弁当を広げていた。

 寮のお弁当はもちろん美味しい。

 けど、喜助のお弁当はまた別においしくて、ぼくも大好き…なんだけど、

 「ずっりぃ!」

たまに、ネコに横取りされ、結果ぼくが寮のお弁当を二つ食べる、てこともままあった。

 「なんだ、ネコの弁当はきょうは豪華だな。」

エビフライ弁当だなんてきょうはもちろんで。ネコはぼくの膝の間を我が物顔で陣取り悠々と喜助のお弁当を広げている。天さんはそれを見ると、意趣返しとばかりにニヤニヤしながら、そんなことをいってきた。

 「甘いんだよ、コータは」

ジュンがゆうのもまったく聞こえていないようで、ネコは大きなエビフライを口いっぱいに詰め込んで満足げだ。まぁ、ネコはまだ早弁ができるような身体のサイズじゃないから仕方がないんだけど。エビフライはちょっと悲しかった。

 「ネコ。コータが、エビフライ、食べたいんだって」

天さんが唆すと、

「はぁ? しかたねぇな。ちょっとやるよ」

なんて、食べさしをだしてくる。


 あ〜、いやいや、いいよ、ネコが食べて…


 「はは。…で、さぁ、」

天さんは、本題、というふうに、声を顰めた。

 「きょうは朝からレオくん、小山先生にべったりらしいじゃん?」


 あ〜…


 そう、そうなのだ。




 「レオ、あれ、レオは?」

気がついたのは二時限目の理科の時間。出席を取る先生の手がとまる。

 「一時限目はいたの?」

理科の栗駒先生はちょっとツンツンした雰囲気でぼくは苦手だった。

「いた〜」

冴子さんが応える。

「はぁ、」

栗ちゃんは教室をザッと見渡し、

「コータ、」


 ええぇ!


 視線を逸らしていたのがいけなかったのか、ばっちり指名してくる。そんなところも苦手なんだけど。

 「ジュンもいないじゃん。保健室、見てきて。じゃ、みんなは授業はじめようか」


 ええぇ〜…


 仕方なし、ネコと向かった保健室で目にしたものは…


 「うわぁ、コータが来たわ」

相変わらず養護の先生べったりのジュンと、もくもくとスマホを打つマナさん。男から避難してきた小山先生と、

 「うわぁ、」

ネコが、出会ってはじめてのため息をつく。


 小山先生にべったりの、レオだった。




 「はるちゃんの推理だとぉ、」

ジュンがそう、箸をふり回す。

 「入学式の連れ去り事件、レオも見てたんじゃないかって。男の顔も。で、きのう、プリウスを見て不安になって、きょうは本人が校内にいるのをたぶん一時限目の終わったとこで見かけて、そっからべったり、てこと」

 「はぁ、そうかぁ」

ジュンの説明に、天さんは納得、というふうに頷いた。

「それならたしかに、なにか見たかなんて、オレにはいいにくいか…」


 それなら?


 「連れ去り事件があったのって、カイトさんのショップの先なんだよね。あの暗い、民宿先の死角んとこ。あそこあんなだからさ、まぁ、たまに寮を抜けだしてたまってるヤツもいるわけ」


 はぁ、


 「タバコな?」

天さんがジュンの説明に加えてくれる。


 はぁ〜…


 「先生たち、巡回してっけど…。レオも一服してたんじゃないかな。それを、知られたくなかったんだろ」


 入学初日からなかなか大胆な…


 「まぁ、レオがもうあそこにいくことはねえよ。約束したからな。」

約束したなら、レオはたしかにもう、いかないだろう。レオは、破る約束をするような少年じゃない。


 ただ、


 「けど、はるちゃんのいうようにレオが男の顔まで見たんだとしたら、」


 ただ、ときにそのまっすぐさは、だれにもとめることのできないもろ刃の剣になって、人を貫く。


 「…ちょっと面倒、だな…」

そう呟く天さんは、海のもっと向こう。ずっと、遠くを見つめていた。






 きょうの面談は天さんと雪さんだった。

 「遅れるな?」

お昼に、そう伝えてくれていた。


 つまり、


 担任の小山先生も、波乗り練習には遅れてくる、と、いうわけで。


 「と、いうわけで。」


 カイトさんがいかにも嘘っぽい満面の笑みで、ぼくたちの前で腕を組んでいる。

 「きょうはオレがみる。な?」

「えぇぇぇぇぇ〜!」

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