...
レオの練習を横目で見ていたユウトが叫び声を上げる。
いやいや、本人目の前にけっこう失礼なんじゃ…
ユウトはわりと大胆だ。いいたいことは口にだす。てか、でてる。
それを中学でも発揮できればよかったのに…
「二時間、八千円」
えぇぇぇぇぇ⁉︎
いやもう、筋トレでいいです。
「雪のはなしは、長くなるんじゃないかなぁ。三年だしね。一人、三時間か?」
「えぇぇぇぇ、ぼく、きょう、お腹痛いです!」
ユウトっ!
いや、けどたしかに、天さんの面談もとなったらきょうは下手したら一日中、カイトさんのスクールなんじゃ…
なんとか波を掴めるようになったもののまだ立てないぼくも、お腹が痛くなりそうだ。
「お前ら、ほんと失礼だな。…残念ながら、面談は雪一人分だよ」
カイトさんがぼくとユウトの
お腹痛いんですよね。
て、表情を見て苦笑する。
「天は保護者だから」
えぇぇぇぇぇ!
「天先輩、お父さんだったんですか⁉︎」
「あにきだよ。んで、パパだよ」
ネコがまた手厳しくつっこんでいる。
ネコ、いい方!
ネコの耳を引っ張って嗜めるのに、カイトさんが見て笑いはじめた。
「はは、コータパパ」
「はは! パパっ!」
ネコがこれさいわいと抱きついてくる。
ちょっと! ダメなことはダメって! いわないと、ダメなんですけど!
「ま、すぐ来るから」
ひとしきりぼくたちを揶揄うと、カイトさんはそう…、
「あぁ!」
そう、ウォームアップをはじめようとしたところで、スクールとは別に海に入ろうとしていた冴子さんが声を上げるのが聞こえてきた。
あわててみんな、声の方をふり向く。
「あの男っ!」
見ると、月子さんと冴子さんが幽霊…いや、痴漢でも見つけたみたいな嫌悪を露わに、駐車場を指さしていた。
「チッ、」
舌打ちしてカイトさんが、その視線の先を追う。
ぼくたちも、駐車場に目をやり、息を飲んだ。
白いプリウス。
その横に立つ、
恰幅のいいスーツの男。
この、
澄んだアオに輝く海に
どこまでも不釣り合いな。
「あいつ…懲りねぇな」
地を這うような声で、カイトさんが呟く。
「やーっ!」
月子さんたちが甲高い叫び声を上げて、ジュンもあわてた様子で海から上がってくる。
男はこともあろうに、ぼくたちに手をふってみせたのだ。
教育委員会の担当者として来校したアピールだろうか。学校をでたのに首から下げている、県章の入った名札が気持ち悪い。
「気持ち悪い、気持ち悪いよぉ!」
月子さんが苛立たしげに叫ぶのが心配だ。せっかく、せっかく落ち着いてきたと思っていたのにっ、
あんなふうに生徒の様子を見にきたフリをして、小山先生を探しにきたに違いない。用事が終わったなら、さっさと神奈川に帰ってほしい…
とはいっても、
「しねばいいのに」
さすがにネコの発言には、ギョッ、として、思わず座り込んでネコに視線を合わせる。
「だって、そうじゃん。」
ネコは、じぶんがなにをいったのかなんて、自覚はないようだ。大きな目で不思議そうにぼくを見る。たぶん、いまここからいなくなってほしい、そういいたいだけなのだ。
ハタ、と、気づく。
ネコの口の悪さは無自覚なんだ。そのことばしか、知らないのだ。なんでって、それを聞いて育ったからだ。近くにいた、人の…
ねぇ、ネコ、
ネコの肩を掴んだところで、
「オレ、天さんに伝えてきます」ハッ、と、我に返る。ジュンが学校へ走りだしていた。
「月ちゃんと冴ちゃんも、寮に戻って。コータ、ネコ、一緒にいったげて」
カイトさんがぼくの背中を押しだす。ネコの口の利き方はまたあとだ。
月子さんと冴子さんは、怖がっているというより女子特有の強さを発揮して男を睨みつけているけれど。ぼくはとにかく二人を寮まで送ることにした。
レオ、
一瞬、レオの様子が気になってふり返る。
…レオ…?
その表情には、
その凶悪な目には、
なんの感情も表れていなかった。
ただ、なんらいつもと変わらない目で、駐車場の男を眺めている。
それが返って、気持ちを騒つかせた。
南風の入った海みたいに、ざわざわ、荒れていないのに落ち着かない、そんな不安の波が広がった。
波乗りをしている生徒たちが戻るのを見ると、男も海岸から去っていった。
結局、その日のスクールは中止になったようだった。
寮に避難しても、月子さんの興奮は収まらなかった。
ただ、気持ち悪い気持ち悪い、て、全身をさすってやめない。寮母さんが応接室を開けてくれて、谷川先生が駆けつけてきた。
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