...
DAY.3
「波、よく見て。まだまだ、この波にのっても、割れないから。友だちになれそうな、じぶんの波を見つけるんだ」
テイクオフがいまだ決まらないぼくは、相変わらず、波に巻かれていた。
波に巻かれながら、それでも小山先生は、まずは立てないと、なんていわない。先に進む。
「波の山がどこにあるか、よく見て。波がどっちに崩れるか。崩れてゆく方に走らないと、弾かれるよ?」
「波を見て。パドルしながら、波との距離を測って。波の斜面にボードがそうように、波にスピードを合わせてあげて。はやすぎても遅すぎてもだめだよ?」
小山先生の目は遠く水平線を向いたままだ。
真剣で、けど柔和な目で。
真剣に生徒を想う、いつもの、小山先生の
「ボードの上に立てればそれでいい、て、ものじゃないよ?」
小山先生はそう、海のずっと向こうから目を離さない。
ぼくも、目を離さない。
遠く、水平線から光のうねりが盛り上がる。うねりに引っ張られるようにして、波の手前の海面が引く。
「あの波でいく」
硝子みたいな波の山が盛り上がって迫る。
テイルを沈めてボードを返す。
「周りよく見て。ピークからのる人がいたらとまる」
頷く。
初心者だからって、波を譲ってくれるわけじゃない。
「ボード、まっすぐ。漕ぐタイミング、よく見て」
ゆっくりパドルをはじめる。
「前向いて。波を見るのは一瞬。うしろ向いてたら波に遅れる」
波との距離を見たらまっすぐ、前。
変わる波の音に、パドルの力を入れる。
お腹でバランスを取りボードの角度を波に合わせる。
「おっせ! パドル、おっせーよ!」
ネコが笑いながらとなりに並ぶ。
思い切り胸をそり、お腹でボードを押すように波の斜面を滑る。
ネコが並んでくれるようになってから、ぼくは押してもらわなくても波を掴むことができるようになっていた。
波とひとつになる。
フッ、
と、ボードの浮いた感覚を覚えたら腕を、
「わっ!」
テイルを持ち上げられて、天地がひっくり返る。
.
.
.
.
.
ここで波はぼくを巻き上げるのだ。
なかなか、友だちには、してもらえないらしい。
いや、せっかくのせてくれているのに、ぼくの意気地がないだけなんだけど…
きょうもそんなだから目がまわって、ぼくははやめに休憩をとっていた。
ぼくが休憩中、ネコはじぶんのボードに乗り換えて、気ままに波と戯れている。
浜の真ん中、波が大きくほれるエリアで遊んでいる。
じぶんの身長の倍ほどあるような波が崩れてくるのを、ボードごと海に潜って沖へでてゆく。
ネコや小山先生は、思い切り頭から海に突っ込むように、楽しそうにドルフィンで抜けてゆく。ほんとうのイルカみたいだ。遠足で見にいった水族館のイルカも、トリーターの合図に合わせて、あんなふうにプールに潜っていた。(ちなみに、天さんがやると、シャチが豪快にしぶきを上げて海に潜るみたいになる)
ぼくはまだそれができない。
てか、いま使っているボードでやるものではないらしい。
同じように、潜ったみたい。
あんなふうに波の下に潜れたら、きっと世界が変わるに違いない。
ドルフィンで沖へ顔をだすと、ネコは小山先生を真似して波の山の真ん中を陣取る。
子どもだからって譲ってはもらえない。陣取ったもの勝ちだ。
波の山から一気に滑り降りてボードを返すと、また波の山に駆け上がる。その勢いで飛びだすようにターンして、しぶきの軌跡が弧を描く。
しぶきが陽にキラキラ、ソーダ水みたいに眩しく弾ける。
そんな様子を、麦茶を手に、ぼんやり眺める。
と、
うわっ、
音もなく、レオが視界に入ってきた。スッ、と、ぼくのとなりに膝を抱えて座り込む。
えーと、
ぼくは麦茶を手にしてるんだけど、彼はぐいぐい、ポカリを押しつけてくる。
あ、りがとう?
とりあえず受け取る。
レオの凶悪な目はこちらを見てはいなくて、ただまっすぐ、海を見ている。
あ〜、と、きのうは、
「……、した、」
え? なんて?
「……ません、した、」
あ、いや、
謝らないといけないのは、ぼくの方だった。あわてて首をふる。
今朝、学校ではまったく気にしたふうもないものだから、声をかけそびれていたのだけど。
きのう、ぼくはレオを泣かせた。
レオを抑えておくことができなかったぼくは、情けないことにまた発作を起こしたのだった。
発作はきっと、レオがぼくの手をふり切ったところで、すでにはじまっていた。
小山先生の声にレオが頷くのを見て、
よかった…。
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